投資以外の知識も広く学べるが、限られた時間でどこまで理解できるかが課題=森永康平
<始まる!子どもの金融教育 学校に任せて平気?>
投資以外の知識も身に付くが授業時間の少なさに不安=森永康平
この1~2年でよく見かけるようになったのが「マネーリテラシー(金融リテラシー)」という言葉だ。(子どもの金融教育 特集はこちら)
コロナ禍でも株式市場は堅調で、「少額投資非課税制度(NISA)」や「個人型確定拠出年金制度(iDeCo)」などの非課税制度を利用して投資をする個人投資家も増えており、自身が投資を通じて金融の知識を得たことによって、我が子にもお金の知識を授けたいと考える親が増えているのかもしれない。また、暗号資産(仮想通貨)や給付金詐欺などお金に関する詐欺が横行していることから、子どもが自ら危険を回避できるようにするためにも関心が集まっているのだろう。
目先の変化でいえば、2018年6月の民法改正により、22年4月から成年年齢が現行の20歳から18歳に引き下げられる。これまで18歳や19歳の若者は、法定代理人(親権者や未成年後見人)の同意なく、法律に基づいた契約を行った場合に、これを取り消すことができる「未成年者取消権」による保護があった。しかし、今後は自らの責任において消費者契約などをする必要が出てくる。
近年はSNS(交流サイト)やコミュニケーションアプリを通じた特殊詐欺も増えており、それなりの金融リテラシーがないと、思いがけず詐欺被害に遭ってしまい、法的に契約を解消できなくなる可能性がある。金融リテラシーを身に付けるには、子どものころから「金融教育」を受けることが重要なのは間違いないだろう。
投資だけではない
日本でもついに金融教育が始まる。文部科学省が22年度から高校の新学習指導要領に「資産形成」の内容を組み込み、高校の公民・家庭科の授業で導入される予定だ。
家庭科は、「家庭基礎」「家庭総合」のいずれかを選択する形になるが、それぞれに金融教育に関連する文言が入っている。
高校学習指導要領に記載されている該当箇所のポイントをまとめると、(1)家計管理、(2)リスク管理、(3)生涯計画、(4)資産形成──に分けられる。
(1)はいわば収支バランスを考えて行動するという目的で、小学校低学年からお小遣いの管理などを通じて学ぶことができる内容だ。
(2)は投資でいうところの期待リターンとリスクのバランスをついつい連想してしまうが、実際には天変地異や不慮の事故、または病気やケガなどのリスクをどのように想定して貯蓄や保険をかけるかという話になる。
(3)はファイナンシャルプランナーが作るようなキャッシュフロー表を作るイメージだ。高校卒業後は、大学進学、一人暮らし、就職、結婚、出産、マイホームの購入など、ライフイベントごとにお金が必要になる。そこで、いつまでにどのようにためるか、などの見通しを収入と支出のバランスを見ながら計画を立てていく。
そして、稼いで使ってためる以外にも「増やす」という方法もある。そこで重要になるのが、(4)の資産形成ということになる。
真の金融教育とは
日本で金融教育というと、資産形成を目的とした「投資教育」と思われがちだが、高校で学ぶ金融教育の要素を見ていくと、非常にバランスよく広範にカバーされているという印象を受ける(表)。しかし、実際に家庭科の授業で金融教育に充てられるのは数時間だけで、その中でどこまでしっかりと学生に理解させられるか、という点には一抹の不安があることも事実だ。
では、「真の金融教育」とは、どうあるべきなのだろうか。
筆者は、投資や資産運用というのは、金融教育のごく一部に過ぎないと考える。どのようにためるか、節約するかといった話や、簿記などの会計、税金の話、経済の仕組み、詐欺から身を守る方法など、幅広く教えることこそが重要だ。
また、家庭科ではなく、実は公民の中でも金融教育といえる内容はすでに行われており、その内容こそが、前述の真の金融教育に近い。
来年度に使われる教科書のひとつを見てみると、完全に全てが網羅されているわけではないが、起業家が資金調達をするという観点から金融市場の役割を学び、その後は貨幣や金利について学んでいく。そのうえで中央銀行の役割と金融政策についても学ぶ。そして、キャッシュレスなど最新の金融事情や、資産運用についても簡単に触れられている。つまり、真の金融教育として学習すべきポイントが、一つの大きな流れのなかで解説されているのだ。
筆者は大学で経済学を学びながら個人投資家として株の取引をしたあと、社会人として運用会社や証券会社などの金融機関で働き、その後はビジネスの立ち上げ、起業を通じてお金に関するさまざまなことを実践してきたが、いま思えば「経験とともに学んできたお金のことは全てつながっており、なに一つとして独立したものはない」という感想を持っている。
それは社会人だけでなく、子どもであっても一緒である。毎月のお小遣いやアルバイトをして稼いだ給料をどのように使っていくのか、ためた方がいいのか……。日々の生活にかかわるお金のことは全てつながっていく。
当然、子どもが独自にお金のことを完璧に学んでいくことは難しい。そこで、保護者が家庭の中でも、お金そのものや周りにある要素を子どもに少しでも考えさせる機会を与えることが重要になる。金融広報中央委員会が19年に行った金融リテラシー調査によれば、家庭で金融教育を受けた経験のある人は、若い世代で増えてきてはいるものの、いまだに3割を切る(図)。家庭でも金融教育の意識を高めることが、教育だけでは対応しきれない部分のカバーにつながるのだ。
武器にも防具にも
このようにお金に関する広範な知識を若い時から身に付けることは、人生の質を確実に向上させる武器となるだろう。お金の話をすると拝金主義者かとお叱りの言葉を受けることもあるが、当然お金以外にも大事なことはある一方で、現代はお金で解決できることが圧倒的に多いこともまた事実である。
お金の知識があれば、仕事の質が改善されることもある。たとえば、世界中のお金の流れを意識できていれば、時代を先読みした企画や商品開発が可能になる。投資家のお金がどこに集まっているのかをリアルタイムで追うことで、世界がどのように変化しているかをいち早く理解できるからだ。投資家は誰よりも早く好材料をかぎ分け、少しでも安く投資をしようと日夜活動している。投資の世界におけるお金の動きを追うことで、これからホットになる市場やサービスをいち早く察知できるのだ。
また、お金の知識は豊かな生活を送るための武器だけではなく、自分を守る防具にもなりうる。
明らかに不利な条件で出資を受けてしまった起業家、生活に余裕を持たせたいということで明らかに詐欺である投資案件に出資してしまった投資家など、私のもとに相談に来た人の中には、お金の知識がなかったことを嘆く方がたくさんいる。いずれも知識があれば避けられた事象だが、彼らに聞けばそのようなことを習う機会はこれまでに一度もなかったという。
来年度から日本での金融教育の大事な一歩が踏み出されることには間違いがなく、批判的な意見を浴びせてこの流れを断つ気は一切ない。
実際に授業の中で教えていくことで課題も多く見つかると思うが、その度に改善していくことで、日本における金融教育のカタチが作り上げられていくだろう。
近い将来、未就学児から少しずつお金の知識を身に付ける機会が増えていき、一人でも多くの人の人生の質が向上していくことを願っている。
(森永康平・マネネCEO/経済アナリスト)