新規会員は2カ月無料!「年末とくとくキャンペーン」実施中です!

週刊エコノミスト Online

金融の世界に長く身を置いた筆者が家庭であえて「金融教育」を避けてきた理由

家庭でできる「金融教育」はあるのか…
家庭でできる「金融教育」はあるのか…

 2022年4月から、高校の家庭科の授業に「資産形成」や「投資信託」が盛り込まれる。ただ、教えるのは家庭科の教諭であり、「本当に効果があるのか」という議論になっている。今が商機とばかりに金融機関やベンチャー企業などがこぞって金融教育に力を入れ始めている。

 ところで、金融教育とは一体何なのか。その目的は、お金に困らない、お金にだまされない人間に育てることだろう。では、親は子どもたちに家庭で何を教えるべきなのか。長く金融業界に関わってきた人間として、考えてみたい。

社会人になるまで「知ることができなかったこと」

 前置きしておくが、筆者は自分の子どもにいわゆる「金融教育」はしていない。子どもたちに教えているのは、初等教育を受け、大学で学び、卒業して金融業界に就職し、起業して今に至るまでに、自分自身が「知ることができなかった」ことである。「知ることができなかった」こととは、「世の中の仕組み」である。金融はその中の一部に過ぎないと考えている。

 筆者の自己紹介をしておこう。大学卒業後、金融機関に就職。銀行、証券会社などを経て、主に製造業の商品価格変動リスク制御のアドバイスをする会社を共同で起業した。筆者の担当業務の一つが、テレビやメディアで商品市場動向や日本が調達している原材料の価格変動リスクについての解説である。

 商品市場動向の分析にはまず、需給バランスの推定が欠かせない。供給面は生産者の生産見通しである程度想像が付くものの、需要面は景気や各国の経済のステージがどこにあるかを把握しておかなければ、予測ができない。需要面に影響を与えるその国の景気は、為政者の施策、中央銀行の経済対策に左右される。当然、全ての国というわけにはいかないにしても、関係する国々の現在に至るまでの歴史について、知っておく必要がある。

 つまり、商品市場動向を分析するには、その国の成り立ちと現在の立ち位置、為政者がどのような人間で、どのような政策を行っているか、その評価はどうなのか……といったことを学ばなくてはならないわけだ。

学生時代に得られる知識は「有機的」につながっているわけではない

 非常に面倒ではあるが、この一連の作業によって、世の中の仕組みを、少なくとも学生の頃よりは理解できるようになった。ただし、これらの作業は「商品需要がどうなるか」を推定するための作業であり、歴史を知ることがゴールではない。最終的には回帰分析や相関分析などの数学的なアプローチが必要になってくるし、価格の変動リスクを推定するためには、確率統計の理屈を理解しておく必要が出てくる。

 これらはいずれも学生の頃に授業で学ぶ。だが、地理にしても社会にしても数学にしても、「個別の知識」「異なる学問」として学ぶのであり、その時点で全てが頭の中で有機的につながっているわけではいない。恐らく、全てが「有機的につながっている」ということを子供の頃に理解できていれば、もっと地理や歴史に興味を持ったはずだし、知識を受け止めるための受け皿が大きくなったであろうと思う。ひょっとしたら、全く違う職業に就いていたかもしれないとも思うのだ。

 こうしたこともあって筆者は、もともと金融分野だけを切り出して子供に教育することにはもともと違和感があった。

 為替レートや株価は、為替や株の市場だけで完結する事象ではなく、政治や経済の動向、天災など、複数の要因の影響を受けて決まる。市場要因だけを切り離して考えてみても、たとえば「ドル円が200円になっているのに日経平均株価が全く変わらない」、ということは起きない。

「手段」だけ学んでも仕方ない

 お金は「目的を達成するために必要な手段」であることは間違いがないが、手段を学ぶことが目的化してしまうのは避けたい。それが、金融分野だけを説明したいと思わなかったもう一つの理由である。

 例えば、国は国民に対し、生命の安全、食糧・エネルギーの確保、国土の保全を約束している。いずれもお金を必要とする。ただし、あくまでそれは国民との約束を守るために必要なのであり、「お金があるから安全や食糧を確保しよう」というわけではない。

「手段」だけ学んでも仕方ない
「手段」だけ学んでも仕方ない

 産油国はエネルギーを買い求めに行かなくても自国で原油を生産することが可能だが、自国で消費する以上の量を生産して販売するのは、食糧を確保し、国土を保全するのにお金が必要だからだ。お金を払って原油を購入した消費国は、それを加工して経済活動を行う。こちらもお金がなければ目的を達成することができない。

 言い換えれば、世の中を知るには金融の仕組みを知るのが早道、ということだ。かといって私が証券アナリストの検定試験を受けたときと同じように、証券アナリストのテキストを子供に渡してこれを勉強しろ、というのが正しいかといえば、恐らくそうではない。道具としてのお金の知識は、筆者自身も社会人になって銀行に就職して必要になったから勉強したのであって、小学生や中学生のうちからそれだけを切り出して学ぶべきだとは思えない。それより先にまず、世の中の仕組みを知ることの方が重要であると思うからだ。

まず世界各国の為政者の顔を覚えさせる

 では一体何をしてきたか。

我が子にはまず世界各国の首脳の顔を覚えさせた Bloomberg
我が子にはまず世界各国の首脳の顔を覚えさせた Bloomberg

 まず始めにやったのが、テレビで出てくる各国の大統領や首相の名前を覚えさせることだ。その国の為政者は、その国の経済をどのような方向に進めていくかを決定する重要なポジションにいる。これが分っているだけで、報道されるニュースへの感応度が変わってくるし、情報を入れておく受け皿が頭の中にできる。人間は、全く知識がないことに関する情報を知識として蓄積するのは不可能だが、少しでも名前を知っていると、その情報が頭に残るもので、結果的にその国のニュースに対する感度が上がり、日本とその国の関係やなんでこのニュースを今、報じているのかを説明しても理解してくれるようになる。

 次に、各国のニュースを使ってさまざまな質問をするようにした。例えば、どこかの国が干ばつで山火事になっている、とか、貧困で食べ物が手に入らない国がある、といったニュースに、子供は純粋に反応する。「あんなに火事になっているなら、日本から消防車を送ればいいのに」「もっとたくさん消防車を作れば良いんじゃない?」「日本で余っているご飯を送ってあげればいいのに」といった類いの反応だ。

 ここで、ウィットがきいた返しができればもっと良いのかもしれないが、私はそれほど面白い話ができる人間ではないので、「日本から消防車を送るのに、何日かかる?」「たくさん消防車を送ってしまったら、日本で火事が起きた時にどうするの?」「消防車を送る費用は誰が負担するの?」「たくさん消防車を作るっていうけど、どれぐらいのお金がかかるんだろう?」「その消防車を作るためにどれぐらいの人を雇わなければならないかな?」といった質問を返す。

 困っている人がいたら助けてあげる。学校ではそう学ぶのだろうが、実は大人の世界ではそれは簡単にはできない。子どもには、なぜできないか、を分かってもらいたいと思う。

「じゃあ、自分で会社を作ったらどう?」

 子どもというのは面白いものである。こうした質問を続けるうちに、「あんなに山火事が多いなら、自分で消防車をたくさん保有して、火事が発生した時にお金をもらって消火する会社を作ったらどうか」という意見が出てくるようになる。ここで登場するのが、株や借金の仕組みだ。何をやるにもお金は必要だが、少年漫画や児童書では大抵の場合、とんでもない大金持ちが出てきて解決してくれるので、資金調達に苦慮することはない。ただし、現実の世界では、会社を作ろうと思うならお小遣いでは不十分であり、銀行などの金融機関から借り入れたり、株式市場で株を公開して資金を集めたりする必要がある、ということを教えるのである。

 本当に自分がやりたいことに出会ったら、その時には「金融」がその成功を助けてくれる。だが、まずは何はさておき自分がやりたいことを見つけることが最優先だ。子どもたちに教える順番は、「やりたいことを見つけること」そして、「それを達成するための資金をどのように調達するか」という順番であるべきだ。

 金融機関で働くことを例外とすれば、多くの場合、金融は目的を達成するための手段であり、目的そのものではない。私は結果的に、就職先に金融機関を選んだわけだが、その私から見ても、本当にやりたいことを見つけるためには、世の中の仕組みを知っておくことが必要なのである。

世の中の仕組みへの理解が深まったら…株式投資にチャレンジ

理解が深まったら株式投資にチャレンジ
理解が深まったら株式投資にチャレンジ

 ここまで理解してもらったところで、最近、子どもに小額で株式への投資を始めさせた。長男は現在中学3年生。テレビの政治や経済の問題に関して、それなりの意見を言うようになった。「知識と考え方の受け皿」を作る作業はできたのではないかと思う。最近はYouTubeで相当深い内容の経済番組も多く、どうもそれで勉強しているようで、私が知らないことまでよく知っていたりする。ただし「お父さんが出ている番組は見ない」そうだ。嬉しいやら、悲しいやらだが、少なくとも自分が中学生の時に持っていた世界観よりも、ずっと大きな世界観を持ってくれているような気がする。

 今後は金融、というよりもお金の面白さ、怖さを知ってもらう上で年齢的にもそろそろ「ナニワ金融道」を読ませようかと思っているところである。

 子供達はまだ、将来やりたいことを見つけていないようだが、これから自分が進むべき世界を、早く見つけてくれることを祈っている。

新村直弘(にいむら・なおひろ)

東京大学工学部卒業後、日本興業銀行、みずほ銀行、バークレイズキャピタル証券、ドイツ証券勤務を経て、2010年に企業向け価格リスクコンサルを専業とするマーケット・リスク・アドバイザリーを設立。共同代表に就任。専門は原材料市場分析、市場価格リスク対策(デリバティブ)。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

12月3日号

経済学の現在地16 米国分断解消のカギとなる共感 主流派経済学の課題に重なる■安藤大介18 インタビュー 野中 郁次郎 一橋大学名誉教授 「全身全霊で相手に共感し可能となる暗黙知の共有」20 共同体メカニズム 危機の時代にこそ増す必要性 信頼・利他・互恵・徳で活性化 ■大垣 昌夫23 Q&A [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事