経済・企業注目の特集

バイオがけん引する市場 新薬脚光のJCRファーマ=加藤結花

     今年5月、兵庫県芦屋市に本社を置く従業員約800人の中堅製薬、JCRファーマから発売された新薬が話題を呼んでいる。世界初の「Jブレイン・カーゴ技術」を初めて用いたハンター病用の新薬「イズカーゴ」だ。(上がる!医薬株 特集はこちら)

     同技術は、簡単に言うと「脳に薬剤を届ける技術」(同社)。生物の脳血管には血液脳関門と呼ばれる機構があり、脳内への物質輸送を制限している。脳の機能を健全に保ってくれる存在だが、脳の疾患の治療に必要な薬剤までをもブロックしてしまうため、治療の際に障壁となっていた。同技術により、この血液脳関門を通過させて脳内に薬を届けることが可能になる(図1)。こうした技術開発などが評価され、株価はここ5年で3倍以上に急成長している(図2)。

    希少疾患の新薬に期待

     同社は1975年の創業以来、患者数の少ない希少疾病用医薬品分野をターゲットに、細胞構築や培養技術を利用したバイオ医薬品を開発してきた。同技術の研究着手は10年以上前。少人数で始めたが、2015年に動物実験で有効性が認められ、その後、ヒトへの治験でも良好な結果が得られた。

     ハンター病はライソゾーム病の一種。ライソゾーム病は特定の酵素が生まれつき欠損しているか、その働きが低下していることで、老廃物の分解・代謝が正常に行われず、さまざまな症状を引き起こす遺伝子疾患だ。不足する酵素を静脈内に点滴して投与する治療法が一般的だが、前述したように脳には物質輸送を制限する血液脳関門があるため、脳内まで薬剤を届けることができず、中枢神経症状が発生・進行することを防ぐことができなかった。

     ハンター病患者は国内では200人ほどだが、同技術を使えば他のライソゾーム病の治療薬開発にも適応できる。ライソゾーム病は50種類以上あるとされ、中には世界で数千人程度の患者がいる疾患もある。創業者の芦田信会長は5月に開いた21年3月期決算説明会で「臨床試験の結果から、Jブレイン・カーゴは現在開発中のライソゾーム病約16疾患についても良い結果が出ることを確信できた」と発言。同社で研究開発を進めている他のライソゾーム病の治療薬の開発にも自信を見せた。

     さらに注目されるのが、「脳に薬剤を届ける」という同技術を応用すれば、ライソゾーム病だけでなく、認知症など中枢神経への作用を求められる治療薬にも幅広く活用できる可能性があることだ。

     他疾患への応用について、同社の本多裕執行役員は「例えば、認知症の患者数はライソゾーム病とけた違いに多い。研究開発には多額のコストがかかるので、自社だけで完結することは難しい。まずはライソゾーム病の患者さんのために貢献するのが最優先だ」と説明。一方で、「イズカーゴの発売で我々の技術が広く知られれば、他疾患へ技術応用したいという他社からの引き合いもあるだろう。ライソゾーム以外の疾患への応用については、他社との協業、技術移転など幅広く検討していきたい」と門戸を開いている。

     同社は、英アストラゼネカ製の新型コロナワクチン原液の受託製造も手がけている。昨年12月、9000万回分以上のコロナワクチンの原液生産について契約を締結し、3月から出荷を始めた。アストラゼネカとの関わりはこれまでなかったが、「日本の原液製造拠点に」と昨夏に依頼を受けたという。アストラゼネカのワクチンはJCRファーマが取り組んでいる遺伝子治療技術と共通するところがあり、また、ワクチン原液の製造がバイオ医薬品の製造工程と酷似していることから、国内有数のバイオ医薬品の製造設備を持ち、既に品質の高いバイオ医薬品を製造している同社に白羽の矢が立った。

    細胞の加工で急成長 セルソース

    細胞加工の工程 セルソース提供
    細胞加工の工程 セルソース提供

     新たなビジネスモデルで躍進している企業もある。その一つが、大手商社を退職した裙本(つまもと)理人代表が起業したバイオベンチャーのセルソース(東京都渋谷区)だ。

     裙本代表は再生医療分野に商機を見いだし、学会に参加するなどして医師にヒアリングを実施。再生医療が普及しない背景に、医師が自ら細胞加工センターを設置して細胞培養士を雇用する必要があり、初期投資やランニングコストがネックになっていることを知り、15年に会社を設立した。

    「培養技術そのものは創業時には既に確立されていたが、細胞の加工受託サービスを事業にしようというビジネスマインドを持った事業家がいなかった」(裙本代表)。市場の評価は高く、19年10月に上場し、株価は2930円(同年11月)から、1万4000円超(8月3日現在)と2年弱で5倍近くまで伸びている(図3)。

     事業の柱は、医療機関から患者の脂肪組織や血液を預かり、加工するサービスだ。変形性膝関節症の痛みを訴える患者に幹細胞などを注入することで、痛みの原因である炎症を抑える効果が期待できる。変形性膝関節症は加齢や肥満などにより膝のクッションの役割を果たす軟骨がすり減り、膝関節に炎症が起きる症状。高齢者を中心に発症し、国内で推定2500万人以上の患者がいるとされる。

     同社は自由診療を行う整形外科を中心に767の医療機関と提携するが、日本には約1万8000の整形外科があるとされ、「まだまだ開拓できていないブルーオーシャン(新しい市場)がある」(裙本代表)と話す。同社はあえて公的医療保険の適用は目指さず、自由診療の形で、企業努力により患者が納得し、医療機関にも利益が得られる「適正価格」での事業拡大を目指している。

     2万件を超える臨床実績があり、特許を取得している血液由来成分「PFC−FD」の調製や独自の保管ノウハウもあるため、今後、他社が同事業に参入したとしても優位性があるという。同社によると、PFC−FDは医療機関から預かった患者の血液から作製し、人体の組織の修復促進作用がある成長因子の濃度を高め、室温での保存が可能なように加工したもの。変形性膝関節症の患者の約6〜7割に効果が認められたという報告がある。

     また、約1年前に始めた不妊治療を目的としたPFC−FDの加工受託も既に100件を超え、89の医療機関との契約にこぎつけた。

     裙本代表は「当初は再生医療をやったことのない文系の人間がやるのは『無謀だ』と言われたが、ビジネスをやってきた人間だからこそ、マーケット発の着想で事業ができた。短期PL(損益計算書)にこだわって利益を出していく」と話し、さらなる成長を見込む。

    好材料多い成長分野

     新型コロナの感染拡大により、製薬企業の研究開発にはかつてないほど関心が高まっている。世界の製薬企業の競争の中心が巨額の開発費がかかるバイオ医薬品に移行する中、後れを取ってきた日本企業の健闘も目立つようになってきた。

     6月7日には、米食品医薬品局(FDA)が製薬大手エーザイと米バイオジェンが共同開発した18年ぶりのアルツハイマー病新薬「アデュカヌマブ」を承認。これを受けて、東京株式市場では8日、エーザイ株に買いが殺到。終値は値幅制限の上限(ストップ高)となる前日終値比1500円(19・35%)高の9251円をつけ、翌9日もストップ高となるなど話題を集めた。7月には米国の大手病院が使用しないとの方針を受けて株価が急落した局面もあったが、早ければ年内に日本でも新薬承認の可能性もあり、引き続き注目されそうだ。

     同社は30年以上にわたり同疾患の研究開発に取り組んでおり、内藤晴夫最高経営責任者(CEO)は「アルツハイマー治療の歴史に新たな1ページを開くことができた」と喜んだ。新型コロナウイルスの感染拡大の中、JCRファーマ同様に、地道に研究開発を続けてきた日本の製薬企業が日の目を見た瞬間だった。

     欧米勢に比べて新型コロナワクチンの開発が遅れた日本の製薬企業は「ワクチン敗戦国」などと揶揄(やゆ)された。しかし、SMBC日興証券の田中智大アナリストは「日本が遅いのではなく、海外が早すぎた。国内にも高い創薬技術を持つ企業はある」と分析する。

     医薬品の重要性が改めて浮き彫りになったことで、市場では「世界経済が回復する中、医薬品分野はさらなる成長が見込める」(田中氏)との呼び声も高い。医薬品分野は今後、さらに注目を集めそうだ。

    (加藤結花・編集部)


    参入相次ぐCDMO市場

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     医薬品業界で成長が続いているのが、「CMO(医薬品受託製造)」と「CDMO(医薬品受託開発製造)」市場だ。新薬創出に資源を集中しようとする製薬会社や、初期投資をかけることが難しいベンチャー企業などが利用している。

     医薬品分野の中でも近年、成長領域であるバイオ医薬品関連のバイオベンチャーが増えているが、バイオ医薬品は従来の低分子医薬品と比べ、製造や開発のコストが膨らみやすい。そのため、設備投資への先行投資リスクを回避したいと考えるバイオベンチャーが、CDMOに委託する傾向が強まっている。

     成長市場として富士フイルムやAGCなど異業種からの参入も相次ぎ、M&A(企業の合併・買収)などで事業を拡大する動きも目立つ(表)。

     株価の上昇基調が続くロート製薬も、CDMOを2030年までの中長期的な事業戦略に位置づけている。医療用の内服薬の受託製造を行っている子会社のクオリテックファーマ内に今秋、開発ラボを設置し、CMOからCDMO事業へと「進化」させる計画だ。

     CDMOは、医薬品産業の競争力開発の観点からも注目されている。今後伸びていくとされている遺伝子治療だが、日本では現在、この治療に必要なウイルスベクター(遺伝子の運び役)を大量に生産する技術が確立できていないためだ。国内で生産体制が整わなければ、必要な原料・技術が海外頼みになり、高価格化や調達難が懸念される。そのため、タカラバイオの施設(滋賀県草津市)や遺伝子治療研究所(川崎市)の施設などを、産官学連携で国産ベクターの製造拠点にしようという動きも出ている。

    (加藤結花)

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