週刊エコノミスト Online 耐震性
耐震診断の開示ルールがマンションの耐震化を阻む現実について 大木祐悟
診断をして耐震性に問題があれば開示しなければいけない。このルールが旧耐震マンションの耐震化を遅らせている。
耐震診断がない物件は耐震性に問題があるとみなすべきでは
日本の特に都市部において最も大きな被害をもたらす災害は大地震だろう。建物の地震への備えを考える際の主たる留意事項のひとつとして、建物の耐震化を挙げることができる。特に「新耐震基準」と呼ばれる1981年の建築基準法施行令の改正以前に建てられた建物は注意が必要である。
なかでも、マンションが地震で大きな被害を受けると、区分所有者だけでなく近隣に与える影響も大きくなる。もちろん、新耐震基準以前に供給された「旧耐震マンション」の全てが耐震性に問題があるわけではない。そのため、まずは耐震診断をすることが必要だが、耐震診断すら行わない旧耐震マンションが多いことに加え、耐震性に問題があることが判明してもその後の耐震化の手続きが順調に進んでいるとはいえない状況にある。
診断しなければ開示不要
旧耐震マンションで耐震診断が進まない主たる理由について、実務家から見ると3点挙げることができる。
①昨日まで何もなかったから、今日も何もないと考える人が多い、②耐震性に問題があることが判明するとマンションの価格が下落する、③耐震補強が必要だとわかっても合意形成のめどが立たない可能性がある──ことだ。このうち、①や③は、管理組合の努力で対応できる問題であるので、本稿では②について考えてみたい。
中古マンション市場では、耐震診断をしたマンションについては取引の際にその旨を説明することが義務付けられている。すなわち、耐震診断をして耐震性に問題があることが判明すると、結果としてマンションの資産価値を落とすことになるため、旧耐震マンションの管理組合が、耐震診断をすることについて二の足を踏むことになるのである。
もっとも、この状況は長い目で見ると中古マンション市場の信用を損なうことになりかねない。すなわち、耐震性に問題がある可能性が高いマンションであっても、診断をしなければ、その事実を公表せずに売買の取引を成立させることになるためである。
具体的な例を挙げてみよう。東京・新宿区のある旧耐震マンションでの話だ。市場の流通価格は1戸当たり1600万~1700万円。旧耐震なので耐震工事に1戸当たり500万円必要だが、修繕積立金が不足している。建て替えも可能だが、日影規制などで、建て替え後のマンションは容積率が低くなり、建て替えを前提とした評価は1200万円にしかならない。そこで、住人は一斉にマンションを売りに出した。
このマンションでは、管理組合が耐震か建て替えかを検討したが、総会で決議したわけではないので、第三者に説明する必要はない。何も知らずに、このマンションを1600万~1700万円で買った人は、本来の価値より割高な買い物をすることになる。
この問題を解決するには、旧耐震マンションについての不動産評価を抜本的に改めるしかない。すなわち、耐震診断がされていない旧耐震マンションの評価は、耐震性に問題のあるマンションの評価と同じとすべきではないだろうか。この考え方が一般化すれば、耐震診断をすることのデメリットはなくなるし、耐震補強をすれば建物の価値も上げることができるため、耐震化を進めるインセンティブにもなるはずである。
区分所有法に阻害要因
耐震性に問題があることが明らかになったマンションでは、建物の耐震化を進めることが不可欠だが、前述のようにマンションの耐震化は進んでいない。ここでは、その主たる理由を2点挙げておきたい。
①建物の耐震化工事に伴う費用負担が大きいこと、②区分所有法17条2項の規定──の二つだ。
このうち、費用負担の問題であるが、そもそも長期修繕計画の中に、建物の耐震化の費用が盛り込まれていないことが多いため、そうしたマンションでは耐震化の工事をするためには新たな費用負担が発生する可能性が高くなる。特に旧耐震マンションでは区分所有者の高齢化も進んでいることから、一時金の拠出を必要とする事項については合意形成が困難となる傾向にある。
しかしながら、東京都の公表資料によると、地震による被害は新耐震基準のマンションのほうが旧耐震マンションよりも明らかに小さい。このことは居住者の安全性などの問題だけでなく、万が一建物が被災したときの復興を考えるうえでも、あらかじめ対処すべき事項であると思われる。
たとえば、巨大地震が発生すると被害を受ける建物の数も増えるし、復旧のための工事費も高騰する。図は熊本市内の住宅着工戸数と建築予定価格の推移を示したものだが、震災前の2013年と比較すると着工戸数の増加や工事単価の上昇を確認できる。このようなことを考えると、事前に建物を壊れにくくしておくことは大きなメリットであるはずである。
耐震化工事については、住宅金融支援機構による低利融資の仕組みもあるため、こうした制度も確認したうえで耐震化の検討を進めるべきであろう。
次に②についてであるが、区分所有法17条2項では、「共用部分の変更が専有部分の使用に特別の影響を及ぼす」区分所有者がいるときはその者の承諾がない限りは変更をすることができないとする旨が規定されている。これでは、該当する区分所有者が同意しない限り、耐震工事ができないことになる。この点については、価格補償でその区分所有者の住戸を買い取るような仕組みが構築されることを強く望みたい。
国土強靭(きょうじん)化の必要性が唱えられているが、マンションは私的財産であるため、区分所有者が必要性を理解して必要な対応をすることが不可欠である。そのために必要な情報発信も必要であるし、行政に対しては法律や制度の一層の整備を期待したい。
(大木祐悟・旭化成不動産レジデンスマンション建替え研究所副所長)