週刊エコノミスト Online マンション
老朽マンション「建て替え」と「売却」の境目=大木祐悟
築年数の経過したマンションは本来、「改修」によって長寿命化することが望ましい。だが、そうもいかない現実がある。
基本は「改修」、90年代半ば以降の物件は長寿命化が可能=大木祐悟
今年4月にマンション管理適正化法が全面施行され、マンション管理に地方自治体が関与することが明確化された。また、これに伴い、一部自治体では管理状況が適正と認定する「マンション管理計画認定制度」も始まるなど、管理を適切に行うための制度も整いつつある。ただ、築年数の経過した「高経年マンション」は今後もさらに増加する見通しで、こうしたマンションをいかに再生するかが大きな課題として立ちはだかる。
国土交通省によると、築40年以上のマンションは現在、115.6万戸と、マンション総数の約17%を占める。これが、10年後の2031年末には約2.2倍の249.1万戸、20年後の41年末には425.4万戸に増える見込みとなっている(図1)。一方、今年4月1日時点で建て替えを終えたマンションは全国で累計270棟と、総数としては多くはないものの着実に増えている。
高経年マンションの再生には、「改修」「建て替え」「マンション敷地売却(以下、売却)」の三つの選択肢があるが、このうち「改修」は建物を生かしたまま使い続ける手法であるのに対して、「建て替え」や「売却」は既存の建物を解体することとなる。築後40年あるいは50年を経過したマンションでは、どの方向で再生を進めるべきなのだろうか。
時代に合わない間取り
この問題を考えるに際して、これまで建て替えや売却を選択したマンションが、改修ではなく建て替えなどを選択した理由は何かを考えてみたい。
旭化成不動産レジデンスが建て替え及び売却に関与したマンションでは、(1)見た目にも老朽化が顕著である(漏水事故の頻発、外壁の各所でひび割れの確認など)、(2)耐震性に問題がある、(3)建物の機能や専有面積が現代の建物の水準よりも劣っていることの実感、(4)建物がバリアフリーに対応できていないこと、(5)改修にかかる費用負担──が主な理由であった。
このうち、(1)の問題が発生するに至った原因としては、修繕積立金不足などにより、必要な大規模修繕が行われていなかったことを挙げることができる。(2)については、敷地に余裕がないことで物理的に耐震改修が困難なマンションがあるほか、費用負担の問題なども課題となっている。
また、(3)の問題については、特にバブル期ごろまでは、年ごとに建物の水準が上がっていたことがその原因となっている。例えば、1963年に分譲されたあるマンションの間取りを見ると(図2)、専有面積は42平方メートル、浴室はあるものの脱衣所も洗濯機置き場もないうえ、収納量も少ないことが確認できる。また床のコンクリートのスラブ厚は12センチしかなかった。
(4)は、5階建てくらいまでエレベーターがないマンションを中心に出てくる問題である。最後の(5)は、高経年マンションでは大規模改修を行う時に大規模修繕も並行して検討することが少なくないが、建物の築年数や状態から判断して、そこまでの費用をかけることが合理的でないと判断するケースである。ここで述べた要因がいくつも重なるような状態になると改修ではなく、建て替えなどを選択することが多くなる。
改修以外のマンションの再生については、これまでは「建て替え」が主な手法だったが、14年の改正マンション建て替え円滑化法の施行によって、耐震性の不足するマンションについて、管理組合の総会などで5分の4以上で決議したうえで手続きを進める「マンション敷地売却事業」が新設され、以降は「売却」で進める事例も増えつつある。
容積率不足なら売却も
では、「建て替え」ではなく「売却」の選択をするのはどのような場合だろうか。筆者のこれまでの経験から、次のような理由が考えられる。(1)現在と同じ大きさの建物に建て替えることができない、(2)街並みが変わり、マンションの立地として適当でなくなった、(3)多くの区分所有者が建て替えを望まない──である。
まず、(1)については、都市計画の変更などにより、建て替えると現在と同じ大きさの建物を建てることができないケースがある。容積率が低くなっている場合があるほか、裏の土地に対する日照権の問題などがその主な要因であるが、このような時は建て替えではなく売却の選択が合理的であることが少なくない。
次に(2)について、マンションの周辺が商業立地となり、マンションよりはオフィスビルやホテルなどに向いている場合がその典型となる。なお、このような時は、オフィスビル用地などとして土地を売却するほうがマンションとするよりも土地の評価が上がることも少なくない。
最後に(3)については、大部分の区分所有者が部屋を第三者に賃貸していて、マンションに愛着を持つ区分所有者が少ない場合などがこのケースに該当する。
基本は「改修」での対応
建物の建て替えでは、騒音や大量の廃材が出ることもあり、環境への負荷は大きい。そのため、高経年マンションの再生の基本は、建物を生かした再生である「改修」であるべきと考える。その意味では、建て替えを選択した理由の(1)~(5)に該当しないマンションのほか、いずれかの要因に該当していたとしても対応が可能なマンションは、改修による再生を進めるべきだろう。
とはいえ、マンション草創期の60年代に建てられた物件の中には、旧耐震基準で作られていることに加え、管理不全により老朽化が顕著になっている物件もある。現実的には、現時点で築後40年程度が経過しているマンションであれば、改修ではなく建て替えなどの検討を始めざるを得ない物件も少なくないであろう。
一方、長期修繕計画の作成が一般化された90年代半ば以降のマンションには、適正な水準に近いレベルで修繕積立金が設定されている物件も増えている。この時期以降に新築物件として供給されたマンションは管理のレベルも高い。マンション管理が適切に行われることで、日本の既存マンションの質が向上し、長寿命化が実現されることを期待したい。
(大木祐悟・旭化成不動産レジデンスマンション建替え研究所副所長)