マンション管理の常識一変! 住宅ローンも下がる新制度のインパクト=編集部
マンション管理新時代 自治体の「アメとムチ」制度 4月開始の大きなインパクト=稲留正英/白鳥達哉
いったん玄関のドアを閉じれば、そこはプライベート空間。近所付き合いは不要で、管理は人任せ──。そんな「マンションの常識」がこの4月から大きく変わる。(マンション管理新時代 特集はこちら)
その理由は、改正マンション管理適正化法の施行により、全国の自治体が分譲マンションに対し、管理状況を助言・指導したり、是正を勧告したりすることができるようになったからだ。管理不全に陥ったマンションが地域社会を脅かす存在になれば、行政は遠慮なく口を出すことが可能になる。
分譲マンションはこれまで、区分所有者からなる自主管理組織の管理組合があくまで管理主体であり、私有財産に対して行政は干渉しないというスタンスだった。しかし、いまや築50年以上の分譲マンションも珍しくなくなり、滋賀県野洲市では20年7月、廃虚化して危険な状態となったマンションを、市が空き家対策特別措置法に基づき行政代執行によって解体終了する事態も発生した。
住宅ローンで優遇金利
もはや「限界マンション」を放置しては、自治体の新たな負担となりかねない。マンション管理コンサルタント「さくら事務所」(東京・渋谷)の土屋輝之執行役員は、今回の法改正の趣旨について、「マンションのスラム化の防止」と明言する。そこで、法改正では「アメとムチ」によって管理組合に管理の質の向上を促すことにした。
「アメ」となるのが「管理計画認定制度」だ。マンション管理適正化推進計画を策定した自治体が導入できる。管理組合の運営や長期修繕計画などの17項目で合格すれば、管理が適正なマンションとして自治体から「認定」される。この「認定」と連動する形でさまざまな優遇制度も設けられる見込みで、すでに住宅金融支援機構は今年4月から、長期固定住宅ローン「フラット35」で「認定」マンションを購入する場合、ローン金利を当初5年間、0・25%引き下げる制度を始めた。
一方、「ムチ」となるのが、自治体の助言や指導、勧告の制度だ。現時点で強制力はないが、管理不全に陥りそうなマンションに対して行政が関与できる道を開いた意義は大きい。管理計画認定制度自体も、あくまで申請するかどうかは管理組合が判断する任意の制度にすぎないが、申請しないマンションを管理不全の兆候としてあぶり出す狙いも秘められている。
管理計画認定制度の開始時期は自治体によって異なるが、先駆けて4月からスタートしたのが東京都板橋区だ。区によれば区内に約1800棟のマンションがあり、直近では、築40年以上は515棟と全体の29%。区が18年に実施した「マンション実態調査」によると、245棟は外壁などに何らかの問題を抱えていたという。
マンションの管理不全と老朽化に危機感を抱いた板橋区は18年、「良質なマンションの管理等の推進に関する条例」を施行。区のマンション届け出制度に応じたマンションには、マンション管理士や1級建築士を派遣するなどさまざまな行政サービスを展開している。国に先んじて制度を整備してきたため、4月から認定制度を開始できたという。
名古屋市、大阪市も
認定制度では国が示す認定基準に加えて、自治体が独自の認定基準を追加できる。板橋区では「マンションの中に自治会があるか」「防災計画があるか」の2点を追加した。マンションは管理規約、経理、長期修繕計画に至るまで、さまざまな物事を決めるのに住民同士のコミュニケーションが必要だが、「マンションの中で顔を合わせて誰か分からないなら合意形成は難しい」(住宅政策課)と考えたからだ。
名古屋市も4月から認定制度をスタートした。20年末時点で市内には5720棟(20万3000戸)のマンションがあり、うち築40年以上が4万1000戸と2割超を占めている。さらに、実態調査をした2106件のうち長期修繕計画がないマンションも412件(19・6%)と全国平均(7%)より高い。
名古屋市は独自の基準として「災害時、居住者の安否確認方法の定めがある」「町内の自治会と連絡窓口がある」を追加した。同様に、4月から始めた大阪市では、1995年の阪神・淡路大震災の経験から、認定制度に「旧耐震基準のマンションにおける耐震診断の実施等」「防災訓練を含む複数の防災対策」という独自項目を盛り込んだ。
政令指定都市の中で、マンション居住率が24%と全国で最も高い横浜市は、今年11月から認定制度をスタートする。20年時点で築40年以上は6万4000戸だが、30年後には34万戸と5倍以上になる見通し。市では助言や指導、勧告の条件に「年1回理事会が開催されていない」ことを独自に加えた。「理事会の機能不全とマンションの管理不全には相関関係がある」(住宅再生課)ためだ。
良い管理で保険料割引
マンション管理における「アメ」の効果についてはすでに実績がある。15年にスタートした日本マンション管理士会連合会の「マンション管理適正化診断サービス」だ。連合会のマンション管理士がマンションの管理状況をチェック。高評価を受けたマンションは、連合会と提携する日新火災海上保険の火災保険で、マンション共用部分の火災保険料が最大5割割引される。
連合会の瀬下義浩会長は、「特に、修繕履歴、長期修繕計画、組合運営の3点をチェックする」と説明する。日新火災の植木宏文・商品企画部長は、「13年の企画当時、高経年のマンションで漏水事故が多発しており、良い管理をするきっかけになればと開発した。これまでに1万3300棟を診断し、保険契約も8000件ある」と話す。
日本のマンションは今、建物と居住者の「二つの老い」に直面している。国土交通省によれば、築40年以上の高経年のマンションは20年で103万戸あり、30年には232万戸、40年には405万戸と倍々で増える見通しだ(図1)。外壁の劣化や漏水などの不具合も増えているほか(図2)、旧耐震基準の80年以前に建てられたマンションは、60歳以上のみの世帯が約半分を占める。
管理組合の団体、日本住宅管理組合協議会の柿沼英雄会長は、「管理計画認定制度の17項目の中で、一番大事なのは大規模修繕への取り組みだ。野洲市のマンションのように、管理を放置すると鉄筋コンクリートの建物でも倒壊する。大規模修繕を適時、適切に行うためには、長期修繕計画、資金計画をしっかりと立てることが必要だ」と強調する。
タワマン「100年計画」
先進的な取り組みをしている管理組合もある。川崎市のタワーマンション「パークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワー」の管理組合は昨年7月、100年間の長期修繕計画を立てた。同マンションは09年の竣工で総戸数は約800戸。新築当初は長期修繕計画の期間は30年だったが、13年に50年、21年に100年と期間を伸ばしてきた。同組合の松尾恵司理事長は「建物の寿命に合わせた修繕計画が必要と考えた」と話す。
まず、取り組んだのが、機械式駐車場の管理費会計からの分離だ。「機械式駐車場は保守点検費用だけで年間800万円かかる。これを切り離し、稼働率がゼロになっても、マンション本体の財務に一切影響が出ないようにした」(志村仁副理事長)。そのうえで、12年から400台の駐車場を外部に貸し出し、駐車場単体で利益を出せるようにした。
もう一つが、地下の機械室と地上3階の駐輪場の一部を使い、住民向けの有料のトランクルームを設置したことだ。これが、年間800万円の収入となり、管理費会計に充当することで住民の負担を軽減した。昨年の長期修繕期間100年への延長の際、1平方メートル当たりの修繕積立金を239円から250円に引き上げたものの、管理費も同額引き下げることができたという。
マンションは老朽化しても、建て替えに踏み切るのは現実的にハードルが高い。改正マンション管理適正化法とともに改正マンション建て替え円滑化法も成立し、建て替え要件などが緩和された。しかし、「旭化成マンション建替え研究所」の大木祐悟副所長によると、建て替え後に容積率が緩和された分などを第三者に売却して、建て替え費用に充てられるような条件の良い立地は限られてきているという。
50万戸の「終活」
鉄筋コンクリート造の建物は「100年持つ」と言われるが、大木副所長によれば日本では実際には45年程度。海砂などによる施工不良、管理不全による老朽化などに加え、構造自体はしっかりしていても天井が低い、間取りが狭いといった現在の生活水準に合わない「社会的老朽化」も進むためだ。大木副所長は「現在の築40年以上のマンションの半分に相当する約50万戸が今後、10~15年で“終活”を考えなければならなくなる」と予想する。
マンション問題に詳しい大阪経済法科大学の米山秀隆教授は、「マンションは管理でも建て替えでも多数の区分所有者の合意が必要だが、これが終末段階で機能するかが最後に直面する問題だ」と指摘する。今回のマンション管理適正化法改正を含め、一連の法改正の真の狙いは「マンション版の空き家対策特措法への環境整備ではないか」と見る。
老朽マンションがいよいよ危険な状態になった時は、仮に住人がいても行政代執行で自治体が取り壊すことができるようにする。「住人の移住先の確保や解体費用の請求など、かなり複雑な法整備が必要だが、今回はその布石だろう」と話す。マンションを所有することは、維持・管理にも大きな責任を負う。ただ住むだけで良かった時代はとうに過ぎ去っている。
(稲留正英・編集部)
(白鳥達哉・編集部)