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《戦時日本経済》「持たざる国」の大試練 円安とインフレの二重苦=浜田健太郎

 <ウクライナ侵攻 戦時日本経済>

 ニューヨーク外国為替市場のドル・円相場は3月16日、一時119円台まで上昇した。この日、米連邦準備制度理事会(FRB)は、米連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利(フェデラルファンド金利)の誘導目標を0~0・25%から0・25~0・5%に引き上げを決定し、2年ぶりにゼロ金利を解除。21日にはFRBのパウエル議長から従来に比べて「タカ派色」を強めた発言があり、22日に円相場は6年1カ月ぶりに1ドル=120円まで円安が進んだ。(戦時日本経済 特集はこちら)

 米国では2月の消費者物価指数(CPI)上昇率が前年同月比7・9%と、インフレ率が前月(7・5%)から勢いを増した。FRBは今回を含めて22年中に7回の利上げを想定しているのに対して、日銀は量的緩和継続の構えのため、市場関係者の間では一段の円安が進むとの見方が根強い。

 年明け以降、FRBのタカ派姿勢が鮮明となり、市場では円安進行への思惑が高まる中で、ウクライナとの国境付近に集結していたロシア軍が2月24日、同国への軍事侵攻を開始。資源価格が上昇するとともに、円安が進めば輸入物価が上昇する。エネルギーと食料の自給率が著しく低く(図1、2)、「持たざる国」である日本には先行き厳しい経済状況が待ち受けているとの認識が広がりつつあるのだ。

跳ね上がる電気代

 国民生活と産業活動で、最も基本的な物資が食料とエネルギーだ。平時であれば、自給率が低い日本は、貿易を通じて海外から食料とエネルギーを確保すればいいが、ひとたび有事となると事情は変わってくる。

 今回の軍事侵攻を受けて、原油と天然ガスの生産量が世界2位のロシアに対して、バイデン米大統領は3月8日、ロシア産の原油、天然ガス、石炭の輸入禁止を決定。欧州や日本にもエネルギーのロシア依存を低減するよう働きかける構え。欧州連合(EU)は主にパイプラインで輸入する天然ガスなど、ロシアへのエネルギー依存を2027年までにゼロにする方針を示した。

 日本は専用船で海上輸送する液化天然ガス(LNG)の9%近くをロシアから輸入。エネルギー問題に詳しい国際ビジネスコンサルタントの高井裕之氏は、日本のエネルギー調達について、「今回の戦争がエネルギー分野に一番強く影響するのはLNGのスポット市場だ。ロシア産ガスの調達を減らす方針の欧州勢が本格参入するため、従来から輸入を増やしていた中国勢を含めて世界中で、LNGの争奪戦になる」と予想する。

 高井氏が指摘するような状況は、すでに顕在化している。今年2月の約26ドル(百万英国熱量単位当たり)だった日本向けのLNGスポット価格は約85ドルという“異常値”に跳ね上がった(図3)。米国がロシア産原油・天然ガスの禁輸に踏み切るとのニュースに市場が反応した格好だ。

 その後、日本向けスポット価格は30ドル前後に下がっているが、1年半前の水準(4・5ドル)に比べて格段に高値だ。日本の電力・都市ガスといった需要家は、スポット価格に比べて大幅に安い長期契約に基づく調達が9割近くを占める一方で、原油相場に連動する価格体系のため、現在の原油高が長期化すれば、電力・都市ガス価格の上昇圧力となるのは確実だ。

 例えば、東京電力エナジーパートナーの4月分の電気料金(平均モデル)は8359円(260キロワット時使用)で、21年4月分(6546円)に比べ1813円も値上がりする。この料金は、昨年11月~今年1月の燃料費(原油、LNG、石炭)増を反映したもので、戦争に伴う燃料費上昇の影響が本格化する6月以降は、さらなる電気代の値上がりも懸念される。

 天然ガスなど化石燃料価格の上昇と供給逼迫(ひっぱく)懸念を受けて、原発再稼働を主張する声も高まっている。自民党の電力安定供給推進議連は3月15日、停止中の原子炉を速やかに再稼働するよう萩生田光一経済産業相に申し入れた。同議連メンバーの塩谷立衆議院議員は同日、「いまこそ原子力発電所を適正に利用することが必要だ」と記者団に強調した。

 今回の戦争ではロシアがウクライナの原発2カ所を占拠。特定非営利活動法人の原子力資料情報室は3月4日、「原発が戦争のターゲットとなるリスクが露呈した。安全保障の観点からも、原発には持続可能性はない」と声明を出し、再稼働要求の声をけん制した。

パンも値上がり確実に

 ロシアとウクライナは、食料供給でも存在感が大きい。パンや麺類の原料となる小麦で、ロシアの生産量は世界3位、ウクライナは8位。家畜の餌となるトウモロコシはウクライナが5位、ロシアが10位だ。

 コモディティーアナリストの小菅努氏は、「ウクライナでは小麦は4月中に作付けしないと、豊作は期待できない。戦争があと1カ月続くと、作付けができなくなる」とみる。

 日本は小麦の輸入は米国、カナダ、オーストラリアの3カ国で占められており、中東やアフリカ向けが中心のロシア産、ウクライナ産の小麦の輸出が滞っても直接影響は限定的だ。とはいえ、特定地域で供給が不足すれば、「玉突き」で日本向け価格も上がりそうだ。

 小麦価格は、今回の戦争が始まる以前から、米国やカナダでの不作の影響から昨年後半から高値が続いており、政府は輸入小麦の製粉業者などへの売り渡し価格を4月から平均17%引き上げる。年2回の政府による売り渡し価格は、昨年10月にも19%引き上げられており、それに伴い今年1月から食パンやうどんなどの製品価格が値上げされている。

 小麦の国際価格は3月に史上最高値を更新。現状の高値が継続すれば今年10月以降の政府売り渡し価格がまた値上がりし、製品価格への転嫁が続きそうだ。

経常赤字の新常態

「このまま経常赤字が続けば、日本経済にとって一大事になるかもしれない」

 1月の経常収支が過去2番目の1・1兆円の赤字になったことに、みずほ銀行の唐鎌大輔チーフマーケット・エコノミストは強い危機感を示す。経常黒字や貿易黒字、世界最大の対外債権国が、日本経済の強さの象徴であり、円や国債の信認となっていた。それが今大きく揺らごうとしている。

 経常収支とは、外国とのモノやサービス、金融取引で発生した受取額と支払額の差額である。黒字なら生産や消費などの経済活動が国内資金で賄える状態で、赤字は不足する資金を外国から調達する状態を指す。

 企業業績や家計と異なり、経常収支は黒字=善、赤字=悪という単純な話ではない。ただ、資源や食料を海外に大きく依存する日本は、輸入の急増が貿易赤字を拡大し、経常赤字に陥った構図は注意を要する。慢性的な貿易赤字や経常赤字は、需給面から円安要因(円を売って外貨調達など)になり、円安を加速させやすいからだ。ウクライナ戦争により資源や穀物価格の急騰は円安の加速で、さらに価格を上昇させてしまう。つまり、円安とインフレの悪循環につながりかねない。

「今回の原油や天然ガスの価格上昇ペースは圧倒的に速い。さらに小麦などの食料を含めた商品全般に価格上昇圧力が波及するだろう。貿易収支の悪化路線が当面続くのは間違いなく、商品価格がこのまま下がらなければ、経常赤字が『ニューノーマル(新常態)』になる可能性もある」(唐鎌氏)

 GDP(国内総生産)の2倍を超える政府債務残高を抱える日本の円や国債が「暴落論」と一線を画すことができた背景には、毎年10兆円を超える経常黒字とその蓄積である対外純資産(20年末時点で356兆円)があったからだ。貿易と経常収支の赤字が定着し、対外資産を取り崩していく姿への転換が明確になった時点で、円も国債も盤石ではない。ウクライナ戦争という「有事」でも円買いが見られないのは、その兆候と警戒すべきだろう。

(浜田健太郎・編集部)

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