週刊エコノミスト Online

《戦時日本経済》日銀ショック、ロシアの軍事侵攻で長短金利操作修正も、海外でインフレ懸念拡大=梅澤利文

日銀2 インフレと円安の同時進行 限界迫る金利コントロール=梅沢利文

 ロシアのウクライナへの軍事侵攻は、まさに想定外の衝撃であった。同時にロシアに対する国際社会の経済制裁も異例の厳しさだ。国際銀行間通信協会(SWIFT)からの排除だけなら過去にも例があるが、加えてロシア中央銀行との取引を制限して外貨準備を事実上、凍結するなど前代未聞の措置だ。(戦時日本経済 特集はこちら)

 これらを受けてロシアの信用力は急速に悪化、米ムーディーズ・インベスターズ・サービスやS&Pグローバルなど主要格付け会社が異例のスピードでロシアを一気にC格級に6~8段階格下げした。世界有数の外貨準備高を誇ったロシアが、足元デフォルト(債務不履行)一歩手前の格付けとなっている。

利回り変動を防止

 欧米をはじめ国際社会も無傷ではない。エネルギー価格高騰によるインフレ懸念と景気悪化への不安から市場のボラティリティー(変動率)は高止まりだ。市場が異例の事態に直面している今だからこそ、思わぬ落とし穴には注意したい。

 その一つが、日銀のイールドカーブ・コントロール(長短金利操作=YCC)政策だ。日米金利差拡大が為替相場の波乱要因となる可能性に注意したい。

 YCCの具体的な手法が指し値オペだ。日銀が国債を購入するオペ(公開市場操作)の一つである指し値オペが、2月に市場で話題となった。

 指し値オペは「日銀が固定利回りで無制限に国債を買い入れるオペ」と説明される。日銀は2016年9月に短期政策金利をマイナス0・1%、長期金利(10年金利)をゼロ%程度に誘導するYCCを導入した。長期の国債利回りが目標水準から大きく変動することを防ぐ、世界でもまれな金融政策だ。

 実施のタイミングにも注目が集まった。米国で1月消費者物価指数(CPI)が発表される直前の今年2月10日夕方に指し値オペが通知された(実施は14日)。10日の日本市場で10年国債利回りが0・23%程度にまで上昇、YCCの上限0・25%が目前に迫っていたためだ。

 しかし、日銀の指し値オペ通知を受け、翌週14日の10年国債利回りは0・25%を下回って推移、指し値オペへの応札はゼロであった。日銀は指し値オペで実際に国債を購入することなく、上限を死守した。

すでに118円台に

 物価上昇が加速する状況で、日本がYCCを維持し無制限に国債を購入したらどうなるだろう。

 日米金利差の拡大を受けて、恐らく大幅な円安が助長され、結果として輸入物価上昇、インフレ再加速懸念が想定される。あくまで条件次第だが、YCCが円安とインフレ懸念要因となるかもしれないのだ。3月16日の為替市場では、すでに1ドル=118円台と、昨年3月の109円台から大幅な円安となっている。

 日銀が指し値オペを使わなくなった18年後半、もしくは連続指し値を導入した21年3月以降は、米国金利が低下に向かっていたため、YCCのリスクは表面化しなかった。しかし、足元ではエネルギー価格上昇を受け米国金利が上昇傾向なのは気がかりだ。

豪中銀の出口失敗

 日本の10年国債利回りは、3月に0・2%未満で維持しているものの、今後0・25%を超えた場合、何が起きるかを考えよう。

 YCCを維持するなら、日銀は無制限に国債を購入するはずだ。利回りはコントロールできたとして、問題は国債購入規模だ。売り手の規模によるためコントロールできないのだ。米連邦準備制度理事会(FRB)は、YCC導入を検討したが、結局見送った。その時の議論は20年6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)議事要旨で確認できるが、FRBがYCC導入を見送った理由の一つが、バランスシート(貸借対照表)の規模や構成を、特に出口戦略(金融の正常化)でコントロールすることの難しさだ。別の理由として、YCCの変動範囲の設定は、簡単ではないことなども挙げている。

 YCCの出口戦略の難しさを豪中銀のケースで見てみよう。

 豪中銀は20年3月に、3年豪国債を対象にYCCを導入、同年11月には上限を0・1%とした。豪3年国債利回りは21年3月ごろまではYCCの上限水準で安定的に推移していたが、米金利上昇と豪インフレ率上昇を受け、その後利回り上昇圧力が高まった。市場は豪中銀がYCCの上限を拡大させ、YCCを維持すると見込んでいた。

 しかし、豪中銀は10月末に市場が期待していたオペによる債券購入を見送り、翌11月月初にYCCを撤廃した。この間、豪3年国債利回りは、乱暴なYCC出口戦略で急上昇した。豪中銀は国債の大量購入を回避した格好だが、出口戦略の難しさの一端がうかがえる。

永遠に続けられない

 米国の利上げにあるように、世界で金融政策が変更されている。背景は、インフレ懸念だ。そこで、日本の物価も振り返ろう。

 日本の1月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比0・2%上昇と依然低水準だが、5カ月連続の上昇で、今後もじり高が想定される。ガソリンや食品など一部商品に値上がりが見られる。その上、円安進行は輸入物価を加速させる恐れがある。日本でも今後インフレに直面する事態として、無視すべきではないだろう。

 日本と先のYCCで紹介した豪州は、経済環境も異なることから、日銀の出口戦略は異なった展開も想定される。ただ、YCCは永遠に続けられる政策ではない。今後は、変動範囲の拡大など用意周到な準備が求められそうだ。

(梅沢利文・ピクテ投信投資顧問ストラテジスト)

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月9日号

EV失速の真相16 EV販売は企業ごとに明暗 利益を出せるのは3社程度■野辺継男20 高成長テスラに変調 HV好調のトヨタ株 5年ぶり時価総額逆転が視野に■遠藤功治22 最高益の真実 トヨタ、長期的に避けられない構造転換■中西孝樹25 中国市場 航続距離、コスト、充電性能 止まらない中国車の進化■湯 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事