経済・企業注目の特集

《危ない円安》「双子の赤字」とインフレ 「有事の円売り」が始まった=編集部

     <とことん考える 危ない円安>

    「『有事の円売り』になった」(危ない円安 特集はこちら)

     2008年のリーマン・ショック時に財務官を務めた篠原尚之氏は、ロシアによるウクライナ侵攻という有事にもかかわらず、ジリジリと進む円安に危機感を強める。4月11日には、一時1ドル=125円台後半へと約6年10カ月ぶりの水準にまで円安が進んだ。

     鈴木俊一財務相は翌12日、「最近の円安の進行を含め、為替市場の動向や日本経済への影響を緊張感を持って注視する」と、たまらずけん制するに至った。

    金利差の拡大

     円安が進む要因は大きく二つ。

     一つは欧米主要国との金利差拡大。8%に迫るインフレ(物価上昇率、2月は7・9%)抑制に向けて3月から利上げをスタートさせた米国は、5月にはコロナ対応として始めた金融緩和で膨らんだ保有資産を圧縮する「量的引き締め(QT)」に突き進む構えだ。「秋の中間選挙に向けて、バイデン大統領は市民生活を直撃しているインフレ抑制を至上命題にしており米連邦準備制度理事会(FRB)は強力で、スピーディーな引き締め政策に転じる」(市場関係者)。

     英国も利上げをスタートさせ、欧州中央銀行(ECB)も年内の利上げを市場は視野に入れる。

     その一方で、日銀は「金融政策を修正する必要性を全く意味しない」(黒田東彦総裁)と、2%の物価目標が達成しないことから、異次元緩和を根気強く続ける姿勢を崩さない。

     さらに、欧米主要中央銀行の金融正常化から波及する金利の上昇圧力が強まった3月末、日銀は指定した利回りで国債を無制限に買い入れる「指し値オペ(公開市場操作)」を連発。是が非でも金利を抑え込む姿勢を鮮明にした。

    「一般に金利の高い国の通貨が、低い国の通貨より上昇しやすい。足元のドル・円相場は、教科書通りに利上げに向かうドルが買われ、金融緩和を続け金利が低いままの円が売られる格好だ」(為替アナリスト)。日米の金利差拡大が、ドル高・円安を加速させている。

    1ドル=130円

    低成長の日本トリプル安も
    低成長の日本トリプル安も

     もう一つの円安要因が原油やガス、穀物など国際商品価格の高騰を背景にした、日本の貿易赤字の拡大や経常収支の赤字化である。特に貿易赤字の拡大は、輸入企業の円売り・ドル買いを通じて、需給面で円安を促す。

     政府は原油高騰に伴うガソリン価格の上昇を補助金で、しのごうとするのもよくない。ガソリン価格が上昇すれば、需要が抑制され価格上昇が抑えられるという市場メカニズムが機能するが、財政資金で補助すれば、需要は強いままで、消費は拡大。その結果、原油輸入の増大と価格上昇を通じた貿易赤字は拡大する。これがさらに円安を後押ししてしまう。

     大和総研の試算によると、22年の外為市場では16兆円の円売りが生じる見通しという。市場では「年内に1ドル=130円台の円安」を予想する声も上がり始めた。

     さらに懸念すべきは、貿易や経常収支の赤字(双子の赤字)が円安を加速させ、株安と金利上昇(債券価格の下落)という「トリプル安」「日本売り」を誘発しかねないか、だ。バークレイズ証券の山川哲史調査部長は、「『日本売り』の問題は経常赤字自体ではなく、円滑に赤字がファイナンス(資金手当て)できるか否かにかかっている」と指摘する。

    投機筋の日本売り

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     経常収支とは、外国とのモノやサービス、金融取引で発生した受取額と支払額の差額である。黒字なら生産や消費などの経済活動が国内資金で賄える状態で、赤字は不足する資金を外国から調達する状態を指す。1980年代以降、黒字を定着させた日本の経常収支の中心は貿易黒字だった。毎年10兆円を超える黒字を計上し続け、98年には15・7兆円に達した。しかし、これをピークに減少し、08年のリーマン・ショック後は4兆円に急減、11年は2・5兆円の赤字に転じた(図2)。

     もう一つの柱である対外直接投資や証券投資から得られる配当や利子などの第1次所得収支の黒字が定着したのも80年代だが、その金額は年2兆~3兆円と貿易黒字の3分の1以下の低水準だった。ただし、稼いだ黒字を先進国の債券や海外の工場建設などへの直接投資に振り向けたことで、日本の対外純資産は増加の一途をたどり、20年末で世界最大の356兆円に達する。この資産から上がってくる利子や配当が第1次所得収支の黒字を押し上げた。

     貿易黒字が減少するのとは対照的に増え続け、05年を境に両者は逆転し、その格差は拡大している。21年は第1次所得収支の黒字は20・4兆円と貿易・サービス収支の赤字(2・5兆円)を補って15・4兆円の経常黒字を確保した。だが、今年1月は昨年12月に続く経常赤字となり、その赤字額も過去2番目に多い1・1兆円となった。

    「巨額の貿易黒字」や「盤石の経常黒字」は過去のものとなり、ドイツの猛追を受ける対外純資産は「世界最大」の称号を失う局面を迎えつつある。この意味するところは、毎年垂れ流す財政赤字とGDP(国内総生産)の2倍を優に超える政府債務の持続性である。

     フィデリティ・インスティテュートの重見吉徳首席研究員・マクロストラテジストは、「日本の貿易収支は、今後も1次産品や中国からの輸入品の価格上昇で赤字が定着するだろう」と予測する。1月のように、貿易赤字を第1次所得収支で穴埋めできなければ、経常赤字になる可能性が高い。

     前出の山川氏は「日本の公的部門の貯蓄不足を、家計・非金融企業部門の貯蓄余剰が相殺する形で、対外余剰を維持してきた。民間の貯蓄余剰が国債市場へと恒常的に環流することで、海外からの資本流入に依存せず、財政赤字をファイナンスし、『日本売り』圧力を吸収するという特異な資金フローが定着した」と解説する。

     経常赤字は、山川氏の指摘する特異な資金フローを成り立たなくする。「経常収支の悪化、その裏側にある国富流出による貯蓄・投資バランスの構造変化は、『日本売り』を誘因する契機となりかねない」(山川氏)。

     円や日本の国債に幾度となく大規模な売りを仕掛けた投機筋は、分厚い貿易黒字や経常黒字、世界一の対外純資産の前に跳ね返されてきた。しかし、日本に巨額の投機マネーを蹴散らすだけの体力は残っているだろうか。国内で財政資金をファイナンスできている経常黒字の間に、財政収支を改善し、「日本売り」を抑制する環境整備が待ったなしだ。

    (編集部)

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