《危ない円安》ハイパーインフレで「新通貨」しかない=藤巻健史
奇策 ハイパーインフレと日銀 新中央銀行、新通貨しかない=藤巻健史
私の長いディーラー人生の経験から、ドル・円の動向を決める2大要因は経常収支動向と日米金利差だと思っている。その2大要因が同時に円安方向へ、トレンドとして向いてきたのは初めての経験だ。(危ない円安 特集はこちら)
今までは経常収支は赤字に転落しても、あくまで単月程度の短い期間だった。それが今年1月には1兆1887億円と過去2番目の大幅赤字となった。2カ月連続の赤字だ。ロシアとウクライナの開戦懸念で、原油、穀物、穀物を餌にする肉類の値上がりの影響もあるだろう。実際にロシアがウクライナに侵攻した結果、2月以降はさらに悪化し、赤字が常態化しそうだ。経常収支の赤字は経済学的にいえば、自国通貨安か長期金利高、またはその両方を意味する。
もう一つの重要な要因である日米金利差は、今後ますます拡大するだろう。米国は現在、「不快なほど高い」(イエレン米財務長官)、「途方もない」(米連邦準備制度理事会〈FRB〉ウォラー理事)というほどのインフレにさいなまれている。
拡大し続ける日米金利差
FRBは3月16日にゼロ金利解除を決めたものの、ばらまかれた資金の回収はまだ始まっていない。史上最大限に供給された資金が世の中に満ちあふれている状態だ。この資金の回収は5月に始まると予想されてはいるが、史上最大級のインフレと、史上最大級の金融緩和が両立するはずがない。FRBは急速に利上げを行い、資金を回収していかざるを得ないだろう。
それでも引き締めが遅れ、1979年に当時のボルカーFRB議長が行った「サタデーナイト・スペシャル」の再現があるかもしれない。これはサマーズ元米財務長官の意見でもある。サタデーナイト・スペシャルとは金利上昇に目をつぶり、マネーサプライ(資金供給量)の伸びを抑制する政策で、10年物金利は20%、フェデラルファンド(FF)レートは24%まで上昇したと記憶している。
一方、日銀は3月18日に大規模緩和の維持を決め、追加緩和も辞さない姿勢を示した。長期金利の上昇を許さない姿勢を明確に示す「指し値オペ(決まった金利で無制限に国債を買う市場操作)」をも行ったのだ。この日米当局の金利に対する態度は、強烈なドル高・円安をもたらすことになるだろう。
自国通貨高はインフレ抑制のための強力な武器だから、ドル高・円安は米国の国益にも沿う。昔のように米国がドル高・円安進行にクレームをつけることもなければ、ドル売り介入を認めることもないだろう。
さらに世界中でインフレが進行してくると、「世界一の借金大国」(対国内総生産〈GDP〉)の日本に世界の注目は集まるだろう。借金が大きいと支払金利が急増し、デフォルト(債務不履行)リスクを連想するからだ。円は世界の投資家から忌避されると思われる。
これらの要因は、大幅な円安をもたらす。円安は、世界的な原料高などとともに、日本にもインフレ圧力となる。この時点で、日銀は窮地に陥る。インフレを抑える手段がないからだ。3月18日の大規模緩和の維持を決めた後の記者会見で、黒田東彦・日銀総裁は「金融政策を修正する必要性を全く意味していない」と述べたが、「必要性がない」のではなく「引き締め手段をすでに失ったせい」だと思われる。必要がないと言わざるを得なかったのだ。
深刻度も異次元
2013年に黒田日銀が異次元緩和を行ったことにより、政府はデフォルトを回避した。自国通貨のため、いくらでも紙幣を刷れるからだ。
しかし、「紙幣をいくらでも刷れること」は「信用ある紙幣をいくらでも刷れること」を意味しない。刷りすぎれば紙幣価値の希薄化が進む。今、日銀が直面している最大の問題は「財政ファイナンス(政府の支出を中央銀行の信用供与によって賄うこと)」の結果、日銀が債務超過に陥る危機に直面していることだ。このような状態に陥っている中央銀行は日銀以外、世界に例はない。
インフレとハイパーインフレの発生原因は全く違う。インフレは需給のアンバランスで起こるが、ハイパーインフレは中央銀行の信用失墜で起こる。他国が現在直面している危機はインフレだが、日銀が直面している危機はハイパーインフレリスクなのだ。深刻度も異次元である。
21年度上期の日銀の保有長期国債の平均利回りは0・226%。3月23日現在の10年物金利は0・22%だから、あとほんの少し長期金利が上昇すれば評価損が発生する。発行国債の半分もの膨大な量の国債を保有しているのだから、評価損の額も膨大になる可能性がある。
3月期末に3日間連続で「指し値オペ(0・25%で無制限に買い入れる市場操作)」を発動した理由もここにあるだろう。保有国債の評価損を避けるための防衛戦と考える。日銀は株式と債券の評価損益を5月末ごろに公表する「事業年度の決算等」の中で示す(21年は5月27日発表)。
ここで債券が評価損となれば、世界のマスコミや格付け会社、外国銀行のクレジット審査部が大騒ぎするだろう。その時点で、さらに長期金利が大きく上昇していれば、評価損の大きさにショックが走るかもしれない。
袋小路の日銀
また、短期の政策金利を上げる手法は現在、日銀当座預金ヘの付利金利引き上げしかないといわれている。日銀当座預金の残高は543兆円だから1%の付利金利引き上げにつき、5・4兆円もの支払金利増だ。20年度の日銀の純利益は1兆2191億円に過ぎないから、利上げが始まればすぐに損失の垂れ流しが始まり、容易に債務超過に陥る。
債務超過になった中央銀行が発行する通貨が信認を持ち続けるには、以下の三つの条件が必要だ。
(1)債務超過が一時的であること、(2)債務超過が金融システム救済のためであり、中央銀行自身のオペレーションはまともであること、(3)政府が黒字で、中央銀行の損失を補填(ほてん)できること──だ。今の日銀は、この三つの条件のどれ一つとして満たしていない。
日銀が債務超過になれば、政府が資本投入すればよい、という人がいるが、現在の政府財務は毎年巨額な赤字だ。債務超過分は日銀が刷った紙幣で国債を買い取り、政府がそのお金で資本投入をするとなれば「何、それ?」の世界だ。タコが自分の足を食べるようなことを発表すれば、その瞬間に日本売りが始まるだろう。
要は、日銀が金融引き締めをしようとすると、日銀自身が債務超過に陥ってしまうのだ。債務超過は中央銀行の信用失墜の最たるものであり、そのような中央銀行が発行する通貨は暴落し、ハイパーインフレに進む。
一方、債務超過を恐れて引き締めを回避すれば、インフレはますます加速する。もはや袋小路だ。金融引き締めができなくなった中央銀行は、すでにその体を成していない。日本は悪性インフレかハイパーインフレに陥らざるを得ないのだ。
日銀はライヒスバンク?
このような状態になった時に考えられる対処法は以下の三つだ。いずれも日銀の負債の圧縮にほかならない。
(1)法定通貨を円からドルに換える、(2)1946(昭和21)年のように預金封鎖・新券発行を行う、(3)第二次世界大戦後のドイツのように中央銀行の取り換えを行う──。
私は(3)の手法が適切だと思っている。46年は終戦後だが、日本はまだ明治憲法下だった。私有財産権が確立された現憲法下で(2)を行った場合、後に訴訟が頻発する可能性がある。一方、(3)では日銀の倒産・解散なので、倒産会社の負債が消滅するだけだ。私有財産権を犯したとのクレームは回避できる。
この手法を取るには、日銀を残務処理機関として残し、新中央銀行から新通貨で資本投入を受ける。その新紙幣1枚を、例えば福沢諭吉1万円札1000枚と交換するのだ。財務内容が健全な中央銀行が創設されればハイパーインフレは終息するし、国民の塗炭の苦しみと交換に究極の財政再建が成される。終戦後のドイツで国力、供給能力などは何も変わっていないのにライヒスバンク(旧中央銀行)を廃し、代わりにブンデスバンク(新中央銀行)を創設し、ハイパーインフレが沈静化されたことで、実証されている。
中央銀行は、社会に必要不可欠なインフラであるがゆえに空白期間は許されない。日銀に出口(インフレ時に債務超過にならずに金融を引き締める方法)がない以上、新中央銀行の設立準備をなるべく早く開始すべきだと考える。そして、平時に財政健全化を怠り、財政ファイナンスを行えば、必ずやこのような悲惨な目に再度遭うことを頭にたたき込まねばならない。二度とこのような愚行を繰り返さないために。
(藤巻健史、フジマキ・ジャパン代表取締役)