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経済・企業 危ない円安 

《危ない円安》国力の衰えと円安は連動する=篠原尚之

経常赤字 私はこう考える1 国力の衰えと円安は連動する=篠原尚之

 かつて貿易黒字は日本のお家芸みたいなものだったが、ここ10年で明らかに状況は変わった。近年は赤字や黒字を繰り返し、貿易黒字を前提とした議論はできなくなった。ただし、所得収支が黒字であることから、経常収支全体は依然として黒字基調にあり、経常赤字が定着するような状況には陥っていないと思われる。(危ない円安 特集はこちら)

 直近では、大幅な経常赤字を計上した。これは、ポストコロナのサプライチェーン混乱やウクライナ情勢という特殊な状況のもと、原油など1次産品価格の上昇などが貿易赤字の拡大に影響したものである。しかし、日本経済が貿易で稼ぐ力が昔より弱くなっていることは間違いない。現在の日本は、国際収支の発展段階でいえば、「成熟した債権国」といえるだろうが、貿易赤字が所得収支の黒字を食いつぶす構図が定着しないように願いたい。

 経常収支が赤字でも黒字でもそれ自体で困ることはない。問題は経常収支と財政収支が一緒に赤字になる「双子の赤字」だ。1980年代、米国はこの双子の赤字で非常に苦しんだ。80年代初めに、米国はインフレと不況が同時に起きるスタグフレーションにあった。レーガン政権のもと、“小さな政府”を目指し歳出抑制を目指すとともに、高インフレへの対応として金融を引き締めた。そのためにドル高となり、米国の貿易赤字が拡大、日本などとの間で貿易摩擦が生じた。プラザ合意で、日本は円高を受け入れたが、その後の円高不況を緩和しようと低金利政策を長く続けた結果、“バブル”を引き起こした苦い経験がある。

 双子の赤字は米国だけの話ではなく、開発途上国が債務支払い困難を起こす場合も、ベースにはそれがある。財政赤字をファイナンス(資金手当て)しないといけないが、一方でそれをファイナンスできる対外収支の黒字がない状況である。国内に十分な貯蓄があり、それが国内資産(財政赤字をファイナンスするための国債)に向けられていればよい。しかし、放漫財政で対外借り入れに過度に依存している国や、国内貯蓄が海外資産(ドル建て資産など)で運用されるバイアスの強い国などではこういうことが起きる。

いまだに円高恐怖症

 日本の場合、経常収支はまだ赤字基調にはならないし、貯蓄のホーム・カレンシー・バイアス(日本円への志向)も依然強そうである。だが、備えておく必要はある。日本は慢性的な財政赤字を解消した経験は一度もない。

 日本の潜在成長率の低さは、稼ぐ力の低下を意味すると同時に、財政健全化に厳しい環境を与えている。単に歳出削減や増税を声高に叫ぶのでなく、財政の持続可能性についての議論を深める観点から、例えば、単年度・一般会計中心の予算編成のあり方、費用対効果の積極活用、米国の議会予算局のように予算・決算を評価・監視する独立性の高い機関の設置など、財政の見える化に向けた方策を検討してはどうか。

 日本の産業界にはいまだに円高への強い恐怖症がある。円安になれば輸出企業は得をするが、輸入物価の上昇で家計(消費者)は損をする。為替は、市場原理で動いていくものだが、低金利・金融緩和を続けて意図的に円安を続けていくと、既存の大企業・製造業といった特定のセクターに常にメリットを与えていることになり、結果的に産業の新陳代謝が働かない。そうした国力の衰えと実質的な円安が中長期で連動すると考えてよい。

(篠原尚之 ・財務省元財務官)


 ■人物略歴

しのはら・なおゆき

 1953年生まれ。75年大蔵省(当時)入省。2007~09年に財務官。退官後、10年3月から15年2月まで国際通貨基金専務副理事。著書に『リーマン・ショック 元財務官の回想録』。

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