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アフリカ投資「官民3年で300億ドル」の政府表明に潜む閉塞感 白戸圭一
政府が打ち出したアフリカ投資額に批判が集まったが、実態を知れば違う問題が浮かび上がる。
300億ドルは日本政府による「数字のマジック」
8月下旬にチュニジアで開催された第8回アフリカ開発会議(TICAD8)で、岸田文雄首相が「3年間でアフリカに官民合わせて300億ドル(約4兆2000億円)規模の資金を投入する」と表明したところ、インターネット上では「そんな金があるなら日本国内で国民のために使え」などと政権批判の声が広がった。
日本経済が低迷する中、そうした声が上がる気持ちも分かるが、300億ドルもの資金が本当にアフリカに投入されることはあり得ない。300億ドルは日本政府による「数字のマジック」によってひねり出された金額だからである。
ODA(政府開発援助)国別データ集(2021年12月14日公表)によると、19年にアフリカに供与された日本の2国間ODAは21億2471万ドルで、日本の全世界に対するODA支出総額の14・5%だった。アフリカ向け支出総額は毎年おおむね20億ドル前後であり、世界への支出に占める割合もほぼ14%台で横ばいだ。社会保障関連支出が増え続ける日本で、アフリカ向けODAの増額などあり得ない話であり、政府がアフリカ向けに使える「官」の資金は、実際には「20億ドル×3年間=60億ドル」程度と想定される。
低調な日本企業の投資
では、「民」の資金、すなわち日本企業による対アフリカ投資はどうか。国連貿易開発会議(UNCTAD)の世界投資報告書22年版によると、20年末の対アフリカ直接投資残高の上位国は、①英国(650億ドル)、②フランス(600億ドル)、③オランダ(490億ドル)、④米国(480億ドル)、⑤中国(430億ドル)──と続き、日本はベスト10に入っていない。日本の対アフリカ投資残高は、シンガポール(210億ドル)やスイス(170億ドル)など小国の足元にも及ばず、TICAD5が開催された13年末に約120億ドルあった日本の対アフリカ投資残高は、企業の投資引き揚げにより、20年末に約48億ドルにまで減ったのだ。
そんな日本企業が突如3年間で計240億ドルものカネを投じるという話に、アフリカの政治エリートたちが現実味を感じるわけがない。アフリカでは、日本はもはやアフリカ開発の主要プレーヤーではないとの認識が一般的である。
一体、「300億ドル」の数字はどこから来たのか。政府は積算根拠を公表していないが、ある政府高官が匿名を条件に、次のような架空の例を挙げながら真相を語ってくれた。
今ここに、アフリカのA国の若者10人に対し、ODA5万ドルを用いて電気技師の訓練を提供する計画があったとする。日本政府は、この10人が今後3年間働いてA国の経済成長に貢献すると仮定する。仮に1人が年間1万ドル相当の成長に貢献するとした場合、3年間の貢献額は3万ドル。訓練対象者は10人だから、全体では3万ドル×10人=30万ドル。こうして日本政府は、訓練に実際に拠出したODAが5万ドルだったとしても、人材育成を通してA国に3年間で30万ドルの利益がもたらされると仮定し、A国への日本の支援額を「5万+30万=35万ドル」として計上しているのである。
投資促す政策もあるが
筆者は本稿執筆に先立つ9月22日、新潮社の国際情報ウェブサイト「フォーサイト」に、この政府高官の話を紹介する記事を執筆した。すると、アフリカ向けODAの内情に詳しい援助関係者から「詐術的な援助額の積算法はTICAD8が初めてではない」との情報が寄せられた。例えば、アフリカの医療・保健従事者12万人を訓練する計画の場合、実際に訓練した人数は数分の1程度だったが、「もともと医療従事者だった1人を訓練すれば、他の数人から10人に技術を伝えてくれる」との理屈で12万人を訓練したことにしてしまう──といった方法が採られてきたという。この援助関係者は次のように嘆いた。
「世界の企業がアフリカに投資するなか、経団連(日本経済団体連合会)加盟の大企業のアフリカ向け投資は全く増えない。GDP世界3位の日本がこれでは格好がつかないということで、役人が無理な手法で実態の伴わない金額を作り上げ、TICADで首相に言わせてみたら、内情を知らない国民から『カネは日本国内で使え』との批判が相次いだ。首相の顔を立てようと金額をでっち上げたら、逆に批判されたなんて笑い話にもならない。民間企業のふがいなさを隠すために実態とかけ離れた金額を作り上げる外交は、いい加減やめるべきだ」
筆者も同感だが、政府に同情する点もある。大企業の大半は国営企業ではないので、政府にできることは投資を促す政策を講じることに尽きる。第2次安倍政権(12年12月~20年9月)は、日本の安全保障にとってのアフリカの重要性を理解し、企業の対アフリカ投資を促すさまざまな政策を講じてきた。日本貿易保険(NEXI)による「アフリカ投融資促進特別保険」の新設、国際協力銀行(JBIC)による融資制度「アフリカ貿易投資促進ファシリティ(通称FAITH)」の拡充、外務省によるアフリカ各国との投資協定……。だが、政府がどんなに「お膳立て」しても、大企業の多くはアフリカに投資せず、世界との差が開き続ける中でTICAD8を迎えた。対アフリカ外交の前線に立つ外務省、経済産業省、アフリカ各国の日本大使館などからは「経団連企業にはお手上げ」の恨み節が聞こえる。
リスクを恐れる大企業
昨年、「一般財団法人・国際貿易投資研究所」のアフリカ・ビジネスに関する研究会で筆者と席を並べた慶応義塾大学大学院経営管理研究科の岡田正大教授(経営戦略論)による調査が興味深い。岡田氏によると、日本企業の上級経営管理層57人にアフリカ・ビジネスについての考えを問うたところ、リスク許容度が低く、自社の問題点を内省するよりも、アフリカ市場への不参入理由について「アフリカ側の問題」を挙げる傾向が強いとの結果が出た。詳しくは同研究所の報告書を読んでほしいが、要は極端にリスクを恐れてチャンスを逸している企業が日本には多いようだ。これはもはや大企業で働く中高年のメンタリティーの問題であり、政策次元での対応は困難なのかもしれない。
日本の希望は、アフリカ・ビジネスに真摯(しんし)に取り組んでいる大企業が少数ながらも存在すること。そして、閉塞(へいそく)感に満ちた日本を飛び出し、アフリカで起業する20~30代の若者が着実に増えていることである。また、アフリカの若者自身によるスタートアップ企業が急成長しており、21年のスタートアップ企業への投資額はアフリカ全体で52億ドルに達した。日本政府がこうした潮流を的確に捉え、TICAD8の首相演説と成果文書の「チュニス宣言」にTICAD史上初めて「スタートアップ支援」の文言を盛り込んだ点は評価できる。
アフリカの政治エリートからは「現実味を感じない」と言われ、日本国民からは「日本のために使え」と批判される実態の伴わない拠出金額をひねり出し、わざわざ政権支持率の低下を招く必要がどこにあるだろう。少子高齢化で国力低下が避けがたい日本に必要なのは、もはや「規模」の競争ではないはずだ。
(白戸圭一・立命館大学国際関係学部教授)