経済・企業 EV&電池 世界戦
参入続々 世界でEV商用の大波 土方細秩子
EVへの移行はまず商用車の分野で訪れる。日本でもベンチャー企業が先導して動き始めている。»»特集「EV&電池 世界戦」はこちら
内燃機関車より商用に有利なEV
今年9月8日、独メルセデス・ベンツグループと新興の電気自動車(EV)メーカーの米リビアンが、商用バンを共同で開発する合弁事業の覚書に署名した。リビアンは現在、SUV(スポーツタイプ多目的車)の「R1S」、ピックアップトラックの「R1T」を販売している。さらに、物流大手アマゾンとEVバン10万台の契約を結んだことでも知られる。
合弁会社は両社それぞれの商用バン向けのプラットフォームを使いながらも、生産ラインを共有することで効率化を図る。新たな工場が数年以内にドイツ国内に建設される予定もあるという。
商用バンへのEV導入は世界的な潮流だ。米フォード・モーターは、「Eトランジット」と呼ばれる独自の商用バンを生産し、これが同社のEV全体の販売台数を押し上げている。米国内ではEV販売台数でテスラに次ぐ2位に躍り出た。フォードは「F150ライトニング」というEVピックアップも生産しており、これも商用として使われる機会が多い。
米ゼネラル・モーターズ(GM)も、昨年「ブライトドロップ」という新たなEV商用バンに特化した新会社を立ち上げ、物流大手のフェデックス、小売り大手のウォルマートなどと契約を結んでいる。
アマゾンはリビアンに加え、ステランティス(米伊FCAと仏PSA)とも10万台の商用EVバンの契約を結んでいる。アマゾンがEV化へのかじを切ったことで、他の大型量販店も次々にEV商用車導入を発表している。
大型トラックでも、米国ではテスラがトレーラーをけん引する「セミ」を今年中に納入開始する、と発表。セミはすでにカナダ企業から1000台以上の発注を受けており、大型輸送では燃料電池が主流となる、という予想に対しEVがどれだけ実力を発揮できるのかに注目が集まっている。
中国製バスが日本を走る
日本も例外ではない。
日本の商用EVは、まずバスから始まった。この分野では中国BYDが一歩リードしている。全長7メートルの小型バス「J6」と10.5メートルの大型バス「K8」をすでに64台納入している。BYDジャパンは2030年までに累計4000台の納入を目標としており、今後の発展が期待できる。
一方、商用バンは、20年に佐川急便が新興メーカーのASFと軽自動車をベースとした小型商用EVの開発と実証実験の契約を行ったと発表。ASFは中国企業へのファブレス(設計のみ自社開発)発注により、7000台を佐川に納入する予定。21年に設立されたフォロフライも、自社で企画・設計を行った商用バン「F1VAN」を中国東風小康汽車に生産委託する形で実現、大手物流のSBSホールディングスに1万台を納車する契約を発表した。
三菱ふそうトラック・バス、日野自動車など、日本のトラックや商用バンの専門企業も相次いでEVへの参入を発表し、特に2トン以内の小型、中型トラックでの競争が激しくなりそうだ。
商用EVに今、注目が集まる理由は、まず、個人への普及には充電ステーションなどの課題があるが、企業の場合は物流センターに充電設備やメンテナンスを設置すればよく障壁が少ないからだ。さらにSDGs(持続可能な開発目標)実現などの社会的圧力が高まる中で、EVを選択することにより環境に優しい企業であることをアピールできるメリットもある。
廃車までのランニングコストを考えても、EVは従来のガソリン車やディーゼル車両よりも安い、ということが判明しつつある。商用車は一般車と比べると走行距離が長く消耗が激しいため耐用年数が短くなる。しかし、内燃機関車と比べて構造がシンプルなEVはメンテナンスが比較的容易で耐用年数が長い、ガソリンなどの燃料費と充電用電気代を比較するとコストが半減するとの試算もある。
調査会社の米マーケッツ&マーケッツは、世界の商用EV市場は22年の35万3000台規模から毎年30%以上の増加を続け、30年には314万4000台規模に成長する、と予測している(図)。この商用車にはバス、トラック、ピックアップ、バンなどが含まれる。
「社会インフラ」として
走行ルートがあらかじめ決まっている商用車は、自動運転が真っ先に取り入れられる分野でもある。フリートマネジメント(配送車両の管理)の観点からテレマティクス(車載データ通信による外部との連携や遠隔操作)の導入も必須で、ソフトウエア、データ管理など、自動車メーカー側が企業に対し提案できるサービスが多く、新たなビジネス機会につながる。
フォロフライの小間裕康社長は「我々が目指しているのは自動車メーカーではなく物流インフラ、社会インフラを総合的に提供する企業だ」と語る。同社はメンテナンス分野で大手商社の丸紅と提携しており、全国にEV専門のメンテナンス網を用意できる下地がある。使ってみて便利、コストも安いことが実証できれば「近い将来、中・小型商用車は100%EVになるだろう」という。
コロナ禍もまた商用車のEV化に拍車をかけた。全世界でEコマース(電子商取引)が増加し、スーパー、レストランの宅配事業も急成長した。こうした宅配車両の増加が便利でコストの安い「ラストワンマイル」への需要を高め、それが各メーカーの積極的な商用EV投資、あるいはベンチャーの参入に結びついている。
商用車には、EVによる宅配で必要になるソフトウエアが重視され、荷物の配置や配達ルート、ドライバーの管理などの運営システムが必須となる。ここで生まれる雇用がEV化で失われる製造業の雇用を吸収する可能性も秘められており、商用車で始めるEV化は、社会全体の電化、さらには自動運転の普及をけん引する存在となるだろう。
(土方細秩子・ジャーナリスト)