教養・歴史書評

貧困当事者が見る風景を貧困を知らない人に通訳する=荻上チキ

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 日本にはいまだ、根強く貧困問題が存在している。そのうえ世の中には、「無理解」な言葉があふれている。いわく、努力が足りない。いわく、自己責任。いわく、社会のせいにしているだけ。

「無理解」な言葉に対し、短時間で「説得」ないし「論破」することなど困難だ。生まれてから見てきた風景は、人によってあまりにも異なるし、人の世界観や信念を、短時間で変えることは難しい。ただ、もし「無理解」から降り、歩み寄ろうとする人がいたならば。どのような書物を通じて語り合えばよいのだろう。

 貧困問題とは何か。日本の実情はどうか。どのような取り組みが行われているのか。そのことを説明する書籍はそれなりにあり、良書も多い。

 そんな中、異彩を放つ一冊が登場した。ウェブ上での記事が大きく注目されたヒオカ氏の自伝エッセー『死にそうだけど生きてます』(CCCメディアハウス、1650円)。過疎地の県営住宅で生まれ育ち、暴力も飛び交う貧しい家庭で生きてきた作者は、「お金がない」という生活がどういうものなのかを、丹念な生活描写で描いていく。

 服や下着が買えない。制服が買えない。成人式で晴れ着を着られない。美容院で髪を切れない。習い事に通えない。新品の教科書や参考書が買えない。パソコンが買えない。一人暮らしができない。病院に行けない。飲み会などに参加できない。列挙するのは容易だが、実際は凄惨(せいさん)だ。多くの人にとって「当たり前」のような光景は、お金によって得られるもの。本書は、そうした事実を、「貧困の側」から描き出している。

 貧困研究やルポルタージュは、現代の貧困を発見し、読者に届けるという役割を果たすものが多い。他方で本書は、貧困当事者であったヒオカ氏が、成長とともに、「貧困である自分」と「貧困である人のことを想像できない人々」とを発見していくという内容となっている。

 気軽に飲み会に誘う人。同じ服を着続けてい…

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週刊エコノミスト

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