経済・企業

DXと米中対立で進んだ製造拠点の国内回帰は円安で加速するか 長谷川 賢

中国での生産は地政学リスクなどで見直される動きがある Bloomberg
中国での生産は地政学リスクなどで見直される動きがある Bloomberg

 海外の拠点を日本に移管する日系製造業の「国内回帰」は、地政学リスクの高まりなど10年ほどの変化に対応する形で起こってきた。>>特集「円安・物価高に強い200社」はこちら

 近年、日系製造業が国内設備投資を強める傾向があり、背景には大きく三つの特徴がみられる。

 一つ目が、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進による国内コスト競争力の向上だ。2010年代後半から、企業の国内生産基盤の強化がDX推進によって進んだ。

 例えば、半導体大手のロームは、従来は手作業でしか行えなかったため、人件費が安い海外で行っていた組み立て工程について「DXで自動化することにより日本で組み立てを行っても採算が取れる」と説明。液晶パネル大手のジャパンディスプレイ(JDI)も、DXによって同社における海外と国内の労働コストの差が縮まりつつあるとの見通しを示している。

 このような企業活動を後押ししたのは、日本政府がスマートファクトリー推進のために打ち出した「IoT(Internet of Things、モノのインターネット)税制」(2018年)であり、生産性を向上させるために必要となるシステム・センサー・ロボットなどの導入を支援した。その後、20年をもって同税制は廃止となったが、その理念は「DX投資促進税制」(21年)に引き継がれている。

コロナ禍で顕在化

 直近で目立つのは、二つ目の特徴である経済安全保障を理由とした国内設備投資の動きだ。中国で生産される割合が高い医薬品の原料などは、以前から供給リスクが指摘されていたが、近年は各国が保護主義政策を強めたため、リスクがさらに上昇。21年版通商白書では50強の国が医薬品・医療品を輸出制限するに至っている。塩野義製薬や明治グループのMeiji Seikaファルマなどが国内設備投資に意欲的な動きを見せている。

 また、コロナ禍によって日本のサプライチェーン(供給網)の脆弱(ぜいじゃく)性が顕在化したことを踏まえ、政府が国内のサプライチェーンの強化を支援していることも追い風となっている。

 具体的には、経済産業省の「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」(20年)が挙げられ、一国への依存度が高い製品・部素材について、国内の生産拠点強化を補助する内容となっている。また、21年からの岸田文雄内閣では経済安全保障担当大臣が置かれるとともに、22年には経済安全保障推進法が公布され、この傾向は加速するとみられる。

 三つ目として触れておきたいのが、企業活動における人権デューデリジェンスだ。11年に国連人権理事会で「ビジネスと人権に関する指導原則」が定められたことを受け、企業活動における「人権デューデリジェンス」が推進されている。また、EU(欧州連合)は供給網における人権侵害の根絶に向けた規制をここ数年でますます強化しており、強制労働により生産された製品のEU域内での流通を禁止する方向で動いている。これらを受け、日系企業でも実際に国内回帰した例もある。

 アパレル大手のワールドは、コロナ禍によるロックダウン(都市封鎖)から調達不安定になるリスクや人権侵害に絡む取引先からの原料輸入の問題を解決するため、自社工場をフル活用して供給網戦略を見直すと言及しており、百貨店や駅ビル内の商業施設で販売するブランドを中心に国内の自社工場に生産を移管するとの考えだ。

 日系製造業が国内設備投資を強めている例を挙げたが、実際はリスクヘッジのために生産機能をグローバルで分散させ、多元化している事例の方が多いという印象である。つまり、最近見られる国内設備投資の活発化、日本回帰は経済安全保障の観点やDXの進展などの複合的な要因で発生していると読み解くことができる。

 ここ10年程度の日系製造業の動向を振り返ると、供給網に対する考え方は大きく変化した。10年代前半までの供給網に対する企業の考え方は、グローバルにおけるコスト最適化であった。つまり、人件費の安い場所に生産機能を集約して大量生産することが企業の競争力の源泉になっていた。

 当時はコスト面の競争優位性を考慮すると、豊富で安価な労働力が供給できる中国や東南アジア諸国連合(ASEAN)がその対象国・地域になった。そのため、おのずと海外の生産機能強化という傾向が強まった。加えて、11年の東日本大震災の発生も、日本という災害の多い国に生産拠点を集中するのはリスクと考える企業も増えることにつながり、海外での設備投資が加速する様相となった。

次期日銀総裁待ち

 一方、10年代後半に入ると、コストの面では最適であっても地政学リスクの高い国・地域に生産機能を集中するのは避け、多元化すべきとの意見が出てきた。ここで一役買ったのは前述したDXであり、日本と海外のコスト競争力を近づけることで、国内でも競争優位性を保ち得ることを示した。

 地政学リスクは、17年のトランプ米大統領就任を機に米中対立の先鋭化によってさらに高まり、「世界の工場」である中国への過度な依存からの脱却が課題となった。そこに20年のコロナ禍による供給網の断絶が追い打ちとなり、22年に入ってからの台湾有事のリスクが高まり、緊張感はさらに増した。

 今後は、世界的なカーボンニュートラルの流れで、欧米では23〜24年から国境炭素税の開始が見込まれる。そのため、脱炭素の進まない国・地域に集中して作り続けることも新たなリスクとして捉えられ、見直しの対象となっている。こういった地政学リスクを憂慮して、米国・欧州向けと中国・アジア向けの製品供給を複線化するなど、経済安全保障を重視した供給網の多元化は加速するであろう。

 22年に入ってからは、政府・日銀が円買い介入を決めるレベルの著しい円安も発生している。これを受けて、企業がただちに、海外にある既存拠点の引き揚げを判断し、実行に移すことは難しいかもしれないが、歴史的な円安が数年後に影響してくるというのはありえる。

 実際、15年に円安になったときの影響は1〜2年ほどで国内への生産移管や能力増強として表れた。一方、現在の円安は日米の金利政策の違いに端を発するものであり、来春に控える日本銀行総裁人事の結果次第では、円高に転換する可能性もある。そこまで様子を見て静観する企業も少なくはないだろう。

(長谷川賢・三菱UFJリサーチ&コンサルティング マネージャー)


週刊エコノミスト2022年11月1日号掲載

円安・物価高に強い企業 再構築 DX、供給リスクで進む日系製造業の国内設備投資=長谷川賢

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