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週刊エコノミスト Online 米中間選挙分析 「民主党善戦」の理由㊤

過去の歴史からすれば民主党は確実に「波」に飲まれるはずだった 中岡望

中間選挙の選挙結果を受けて笑顔を見せるバイデン大統領。バイデン政権は「最悪の事態」を避けられた Bloomberg
中間選挙の選挙結果を受けて笑顔を見せるバイデン大統領。バイデン政権は「最悪の事態」を避けられた Bloomberg

 アメリカの中間選挙で、民主党の善戦が報じられている。中間選挙の歴史を振り返りながら、その理由について考えてみたい。

 まず、中間選挙について簡単に説明しておこう。アメリカの連邦議会には、任期2年の下院議員選挙と、任期6年の上院議員の3分の1を改選する選挙がある。このうち、4年に1回の大統領選挙の間の年に行われる連邦議会選挙を「中間選挙」と呼ぶ。

 過去の例で言えば、中間選挙は与党が敗北する傾向が強い。戦後最初の中間選挙は、民主党のトルーマン政権の下で1946年に行われた選挙だ。それ以降、前回の2018年の中間選挙まで18回の中間選挙が行われているが、選挙結果を見ると、与党が下院で議席を増やしたのはわずか2回しかない。その「2回」とは、民主党のクリントン政権の下で行われた1998年の選挙と、共和党のブッシュ政権の下で行われた2002年の選挙である。

 一方、上院で与党が議席を増やした中間選挙は4回ある。ニクソン政権の下で1970年に行われた選挙、レーガン政権の下で1982年に行われた選挙、ブッシュ政権の下で2002年に行われた選挙、そしてトランプ政権の下で2018年に行われた選挙である。

下院と上院の両方で与党が議席を増やしたのは「同時多発テロ事件後」の1回だけ

 下院と上院の両方で与党が議席を増やしたのは2002年のブッシュ政権の下で行われた中間選挙だけである。ただし、この年の中間選挙で共和党が両院で議席を増やしたのは特殊な要因があった。2001年の同時テロ事件による国家危機に際し、国民が大統領の元に結集するという愛国的な雰囲気の中で選挙が行われ、共和党に有利に働いたのである。

同時多発テロの1カ月後、グラウンド・ゼロに集まった人々。この1年後の中間選挙は「下院と上院の両方で与党が議席を増やした唯一の選挙」となった Bloomberg
同時多発テロの1カ月後、グラウンド・ゼロに集まった人々。この1年後の中間選挙は「下院と上院の両方で与党が議席を増やした唯一の選挙」となった Bloomberg

 では逆に、中間選挙で与党はどれだけ議席を失っているのか。戦後の最高記録は1994年のクリントン政権の時の中間選挙で、民主党は下院で実に52議席を失っている。共和党も、1958年のアイゼンハワー政権の下での中間選挙と1974年のフォード政権の下での中間選挙で、それぞれ48議席減らしている。2018年のトランプ政権下での中間選挙では、共和党は41議席を失っている。

 中間選挙による下院議員の議席変動は極めて大きい。これに対して上院議員の議席変動は、それほど激しくはない。1986年のレーガン政権下で行われた中間選挙では、共和党は8議席を減らしている。2006年のブッシュ政権の時に行われた中間選挙では、共和党は6議席を減らし、2014年のオバマ政権の下での選挙では、民主党は9議席減らしている。

なぜ中間選挙で与党は議席を減らすのか

 中間選挙で与党が議席を減らすのはなぜか。一つは、中間選挙は2年間の大統領の政策に対する信任投票の色合いがあるからだ。2年間で公約の実現が十分に果たせず、目立った政策を打ち出せなければ、大統領は国民の支持を失い、その結果、与党が選挙で苦戦する。また大統領選挙と同時に行われた選挙で、大統領や大統領候補の人気を追い風に当選した議員は、中間選挙で厳しい戦いを強いられ、議席を失うことが多い。これは「コートテイル効果(coattail effect)」と呼ばれている。

 もう1つの理由に、「スプリット・ボート(split-ticket voting)」と呼ばれるものがある。アメリカ人は権力の集中を嫌い、議会選挙で野党に投票し、権力を分散させる行動を取る傾向がある。有権者は、大統領と議会の間で投票をスプリット(分ける)行動を取ることから、この名称が付けられた。与党が中間選挙で敗北を喫す背景には、こうした要因がある。

今回も共和党の波が起こると予想された

 さて、こうした過去の例から、与党民主党は当初から苦境に立つと予想されていた。事実、年初から様々な世論調査で、「民主党が両院で大幅に議席を失うのは間違いない」という見方が大勢を占めていた。

 中間選挙は与党に不利という要因に加え、バイデン大統領の支持率は41%前後と低迷、更にインフレ高進で国民のバイデン大統領に対する批判が強まっていた。新型コロナウイルスの感染拡大、犯罪の増加なども民主党にとって逆風と考えられた。国民の怒りは当然、現政権である民主党に向けられる。民主党が両院で議席を失うのは不可避で、焦点は「どの程度の議席減に留まるか」であった。選挙の専門家は、大きな「レッド・ウエーブ(共和党の波)」が起こり、民主党候補は波に飲み込まれ、軒並み落選すると予想した。

最高裁の「中絶権を否定する判決」で民主党が一時優勢に

 だが、選挙は生き物である。状況によって見通しは刻々と変わる。

 共和党優勢の雰囲気の中、6月に最高裁が、女性の中絶権を認めた1973年の「ロー対ウエイド裁判」の判決を覆した。保守派にとってロー対ウエイド判決を覆すことは1980年代からの願望であった。中間選挙は全国的な課題もなく、投票率も低迷し、盛り上がりに欠けるのが普通である。最高裁が女性の中絶権を否定する判決を下したことで、選挙情勢は一変した。中間選挙に無関心であったリベラル層や女性層が、「中絶が禁止される」という危機感を抱き、各地で抗議行動を始めた。それが民主党候補を活性化した。中絶問題が中間選挙の最大のテーマの一つになった。これをきっかけに、劣勢であった民主党候補者が勢いを盛り返し始めた。下院は共和党が議席を増やして過半数を確保するが、上院は接戦が予想され、民主党が過半数を確保する、という予想も出始めた。

バイデン大統領の支持率は上昇せず

 これに対し、共和党は中絶問題を選挙の争点にすることを巧みに避ける戦略を取った。一部の共和党候補は中絶を禁止する連邦法の制定を訴えたが、多くの共和党候補は中絶を巡る過激な発言を避けた。その代わりに共和党は、インフレ問題と犯罪問題を選挙の主要な争点にする戦略を取った。インフレ問題、特にガソリン価格の上昇は有権者が最も関心を示すテーマである。共和党はバイデン政権の政策を批判し、それが有権者にアピールした。10月に入ると再び雰囲気が変わった。世論調査は、有権者はインフレ問題や経済問題を重視しているとして、再び民主党の劣勢を予測し始めた。

ペンシルベニア州のフィラデルフィア投票処理センターで、集計する投票用紙を整理する選挙作業員 Bloomberg
ペンシルベニア州のフィラデルフィア投票処理センターで、集計する投票用紙を整理する選挙作業員 Bloomberg

 共和党の戦略に対抗して、バイデン大統領は中絶問題に加え、トランプ前大統領を支持する極右勢力の存在を指摘することで、「民主主義の危機」を訴えた。ガソリン価格引き下げを図るために戦略備蓄の原油放出も行った。だがバイデン大統領の支持率に回復する兆しはないまま、11月8日の投票日を迎えた。

 投票直前まで世論調査では有権者の最大の関心事はインフレであり、民主党の雪崩的敗北を予想していた。インフレに続く有権者の関心事は、中絶問題、犯罪問題、移民問題、銃政策の順である。多くの有権者はアメリカの民主主義が危機に瀕しているということは認めたが、それは票に結びつかないと考えられていた。民主党は「レッド・ウエーブ」に飲み込まれ、両院で雪崩的敗北を喫するというのが、選挙直前までの選挙予測であった。

 だが、「レッド・ウエーブ」は起きなかった。『ニューヨーク・タイムズ』は「共和党が期待した“レッド・ウエーブ”が起こった兆しはない」と指摘している。『ワシントン・ポスト』も「民主党が予想に反したため、議会がどう転ぶか分からなくなった」と、選挙が予想外の展開を見せていることを示唆した。

選挙予想に反して共和党が苦戦

 11月8日に行われた中間選挙で、下院議員435名が改選される。解散時の議席数は、民主党220議席、共和党212議席、欠員3議席であった。上院は、選挙前の議席は民主党と共和党ともに50議席であった。上院の改選議員は民主党が12名(非改選38名)、共和党議員21名(非改選29名)であった。

ペンシルベニア州の民主党上院候補ジョン・フェッターマン氏の選挙ナイトラリーで祝杯をあげる参加者 Bloomberg
ペンシルベニア州の民主党上院候補ジョン・フェッターマン氏の選挙ナイトラリーで祝杯をあげる参加者 Bloomberg

 票の集計結果が出るまで少し時間がかかるが、11月10日時点でアメリカのメディアは、上院で民主党は非改選を含め48議席、共和党も48議席を確保したと予想している。未定の4議席は、ネバダ州、ジョージア州、ウイスコンシン州、アリゾナ州である。本稿執筆時点では、アリゾナ州とジョージア州は民主党候補がリードし、ネバダ州とウイスコンシン州は共和党候補がリードしている。

 そのままの結果になれば、上院は民主党と共和党はいずれも50議席を維持することになる。その場合、票決で同数になれば、上院議長(副大統領が兼務)が最後の1票を投じる。そのため、民主党が実質的に上院を支配することになる。ただ共和党候補がリードしている2州も変動する可能性がある。ジョージア州は州の法律で当選するためには過半数の票を獲得する必要がある。同州では立候補者が3人で、どの候補者も過半数を獲得できない可能性がある。その場合、上位2位の候補者が12月初旬に決選投票を行うことになる。メディアの中には民主党が50議席を上回ると予想するところもある。いずれにせよ、圧勝が予想された共和党が苦戦を強いられているのは間違いない。

共和党の下院の勝利は変わらず、ただ獲得議席は少数に留まる

 下院は、共和党が過半数を奪回することは間違いない。共和党下院の院内総務は早々と勝利宣言を行っている。10日の時点の予想では、共和党は197議席、民主党は172議席を確保している。過半数が218議席であり、共和党は過半数を既に上回っている。66議席が残っている。民主党の議席は20議席程度の減少に留まりそうだ。当初は60議席程度の議席減が予想されていただけに、ここでも民主党は大健闘したといえよう。過去の例と比べてみても、それほど大きな減少ではない。

 民主党は下院の過半数を共和党に譲ったが、共和党が圧倒的多数を占めるのを阻止したことで、共和党の下院の議会での行動をチェックすることはできるだろう。ナンシー・ペロシ下院議長が「民主党候補者は予想を上回る成果を上げた」と語っているように、民主党は「最悪の事態」を回避したことは間違いない。

 後編では、民主党がなぜ善戦したのかを分析する。

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