週刊エコノミスト Online 米中間選挙分析 「民主党善戦」の理由㊦
共和党が避け続けた「中絶問題」が有権者の投票行動を左右した 中岡望
アメリカの中間選挙で、直前の大半の予想は「共和党が両院で圧勝する」というものであった。だが予想に反し、共和党は伸び悩み、上院では50議席を維持できない可能性すら出てきた。共和党の何が問題だったのか。
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共和党の「インフレ批判」は有権者に響かず
共和党は、選挙の争点にインフレ問題と経済問題を取り上げた。それは確かに有権者にアピールした。世論調査で有権者が最優先する課題はインフレ問題であったからだ。インフレ高進で多くの有権者は経済的に厳しい状況に置かれていた。共和党は有権者の怒りと苛立ちを民主党に向けさせる戦略を取った。
だが、共和党が期待するように有権者は動かなかった。有権者は、共和党はインフレ抑制政策を持っていないことを知っていたのであろう。議会運営を共和党に委ねても、インフレ問題が解決できるはずはない。今回のインフレは政策のバイデン政権の失敗というより、外的な要因によって引き起こされたものである。インフレ抑制の政策の選択肢は限られている。
エディソン・リサーチ(Edison Research)が行った出口調査では、有権者が投票を決めた要因としてインフレを挙げたのは30%に過ぎなかった。移民問題や犯罪問題はそれぞれ10%であった。では何が決め手になったのか。
多くの有権者は中絶権を否定する最高裁判決に「不満や怒り」
同じ調査で、最高裁がロー対ウエイド判決を覆したことに対して60%の有権者が「不満か怒り」を覚えていると答えている。さらに60%の有権者が「中絶を合法化すべきである」と答えている。インフレを前面に出すことで中絶問題への関心をそらすという共和党の戦略は功を奏さなかった、ということになる。
NBCニューズの出口調査では、共和党支持者の59%が「インフレ」を最大の問題と答えているのに対し、民主党支持者は「中絶」が46%、「インフレ」は15%に過ぎなかった。民主党支持者は、共和党の戦略に踊らされることなく、一貫して中絶問題を最も重視する姿勢をとったのである。
さらに言えば、有権者は中絶問題を意識しなければならない状況でもあった。中絶を巡る提案が各州で出され、連邦議会選挙と同時に住民投票が行われている。たとえばケンタッキー州では、州の憲法を修正して中絶を違法とする法案を住民投票で否決している。ミシガン州でも州憲法で中絶権を認める提案を可決している。同州の出口調査では、有権者は「投票を決める際に最も重要な問題は中絶問題である」と答えている。ペンシルベニア州でも40%の有権者が投票決定要因として中絶問題が最も重要であったと答えている。
中絶問題は、もう一つ民主党に有利に働いた。それは民主党の支持層であるリベラル派を活性化し、投票所に向かわせたことである。今回、期日前投票率がかつてないほど高かったのも、共和党にとっては予想外の事態だった。投票率の上昇は民主党に有利に働く。2020年の大統領選挙でバイデン候補がトランプ大統領に勝利した最大の要因は、史上最高の投票率であった。中絶問題は、民主党の地盤であるリベラル層に加え、無党派層を動員する効果を発揮した。
共和党の候補者は「質」が悪かった
共和党のミッチ・マコネル院内総務は「共和党の候補の質が悪すぎる」という驚くべき発言をしている。共和党の予備選挙に出馬した候補者の中には、極右や陰謀論にくみする候補者が多数見られた。そうした候補者を支持したのはトランプ前大統領である。共和党内でのトランプ人気は依然高く、多くの候補者はトランプ前大統領の支援を求めた。それが予備選挙で勝つ近道であった。
共和党の候補者は、トランプ前大統領の政治団体のスーパーPAC(政治活動委員会)である「MAGA Inc,.」からの資金的支援も期待できた。スーパーPACは、候補者に直接資金を渡すことはできないが、テレビのコマーシャルを購入して広告を流し、トランプ派の候補者を支援したり、民主党の候補者に対するネガティブ・キャンペーンを展開したりした。投票日直前にMAGA Inc.は、共和党候補が苦戦する上院の激戦州であるオハイオ州、ペンシルベニア州、アリゾナ州、ジョージア州、ネバダ州の5州で大量にテレビ宣伝を行うために8600万ドル(約126億円)を提供している。
トランプ前大統領は2020年の大統領選挙を否定するか、その正当性に疑問を呈している候補者を積極的に支援した。『ニューヨーク・タイムズ』は「トランプは選挙が盗まれたという自分の嘘を広めてくれる候補者を支援した」と指摘している(2022年11月9日、”Trump Hoped for a Celebration but Did Not Have Much to Cheer”)。そうした候補者は「ディナイアー(deniers)」と呼ばれている。
『ニューヨーク・タイムズ』は50州で立候補している共和党の候補者の調査を行っている(2022年11月9日、”See Which 2020 Election Deniers and Skeptics Won in the Midterm Election”)。調査の結果、共和党の候補者の370人以上が2020年の大統領選挙を否定していることが明らかになった。トランプ前大統領は300人以上の候補者を支援している。既に当選を確実にしている下院議員候補のディナイアーは130人を超える。州別に見れば、テキサス州で22人、フロリダ州で18人、ジョージア州で9人……と、24州で当選を果たしている。採取的な選挙結果が明らかになれば、その数は増えるだろう。州知事、州務長官、州司法長官などの選挙でも100人以上が当選している。この記事は「ディナイアーが共和党に浸透している」と指摘している。彼らはトランプ前大統領と密接に結びついているのである。
有権者は共和党候補の背後にトランプ前大統領の陰を見ていた
有権者は、ディナイアーの共和党候補者の背後にトランプ前大統領が存在することを知っていた。トランプ前大統領は共和党内では隠然たる影響力を持ち、人気もある。だが、国民全体でみると支持されているとは言い難い。
FiveThirtyEightが11月9日に行った調査では、トランプ前大統領の「好感度」は39.9%であった。一方、バイデン大統領の「好感度」は41.4%であった。バイデン大統領の方が好感度は高いのである。多くの有権者が極右的な共和党候補者を忌避する理由があったのである。
有権者の投票に際する決定要因は、バイデン大統領よりトランプ前大統領の方が大きかっただろう。“バイデン・ファクター”より“トランプ・ファクター”が選挙結果に大きな影響を与えたことは間違いない。共和党候補の「質」がもう少し良ければ、選挙予想のように共和党は両院で大勝したであろう。
「大統領選出馬宣言」に前のめりだったトランプ前大統領
トランプ前大統領が積極的に選挙に関わり、親トランプ派議員を増やそうとしたのは、2024年の大統領選挙を意識してのことである。共和党の大統領予備選挙に勝つためには、まず共和党の大統領予備選挙に勝利しなければならない。膨大な数の候補者を支援することで、トランプ前大統領は党内基盤を確実なものにできる。トランプ前大統領は、折に触れ大統領出馬をほのめかしている。共和党が雪崩的な勝利を実現していれば、それを背景に大統領出馬宣言を行っただろう。
今回、トランプ前大統領が支援した有力候補が落選している。ペンシルバニア州ではトランプ派の知事候補と上院候補がともに敗北。ミシガン州でもトランプ派の知事候補が敗れている。アリゾナ州でも、トランプ派の知事候補と上院候補が敗北している。
選挙結果を受け、トランプ前大統領の思惑通りには進まなくなった。共和党幹部がトランプ前大統領の選挙期間中の出馬表明を抑え込んだのも、トランプ前大統領が前面に出てくることで、選挙結果にマイナスの影響を及ぼすことを懸念したためだと推測される。
共和党は議会で「民主党を追い込む戦略」に
共和党は予想されたような勝利を収められなかったが、それでも下院で過半数を制するのは間違いない。共和党がどのような議会運営をするかが次の問題である。
古い話になるが、1994年の中間選挙で共和党は40年ぶりに下院の過半数を獲得した。同時に上院でも過半数を占めた。その時の選挙をリードしたのが共和党の指導者ニュート・ギングリッチ院内総務(後の下院議長)である。この選挙の勝利は、「共和党革命」とか「ギングリッチ革命」と呼ばれた。同議員は、民主党を“敵”と決めつけ、クリントン大統領に徹底した対決姿勢を取った。予算を成立させず、政府を閉鎖に追い込んだ。さらにクリントン大統領を執拗に弾劾に掛けた。「ギングリッチ革命」を境に、共和党は急速に右傾化を進めた。
今回の中間選挙で過半数を占めた共和党は、ギングリッチ議長と似た戦略を取るだろう。バイデン政権と民主党に徹底的に反対するのは間違いない。2024年の大統領選挙で共和党が勝利するためには、民主党に徹底的なダメージを与える必要がある。民主党の政策をことごとく覆す挙に出るだろう。たとえば、ギングリッチ議長がクリントン政権の予算案を拒否したように、財務省発行限度額の引き上げに反対して、政府を財政破綻に追い込んだり、予算審議を拒否したりすることも辞さないだろう。
ウクライナ支援の継続が難しくなる恐れも
また2021年1月6日の極右の議会乱入事件に関する特別委員会が下院に置かれ、トランプ前大統領の関与が調査対象になっている。議長はリズ・チェイニー下院議員であるが、同議員は選挙区のワイオミング州の共和党予備選挙でトランプ派の対立候補に敗北して、今回、下院選挙に出馬できなかった。この2年、バイデン政権はトランプ前大統領の不法行為の調査をしてきた。トランプ派議員が、そうした動きを牽制することになるだろう。
対民主党やバイデン大統領だけでなく、共和党指導部に対してもトランプ派議員は攻勢をかけるだろう。議会運営が大きな混乱に陥る可能性がある。
また、ウクライナ支援でも攻撃的な姿勢を取ると予想される。10月にケビン・マッカーシー共和党院内総務は「共和党が支配する下院はウクライナに対する資金供給の蛇口を占める可能性がある」と語っている。また、共和党のケリー・アームストロング下院議員は「食品やエネルギーが上昇し、光熱費が倍になり、国境の町が移民で踏みにじられている時に、ウクライナのことなど考える余裕はない」と、露骨にウクライナ支援を批判している。こうした意見は共和党の強硬派から聞こえてくる。共和党は新議会の早い段階でウクライナ支援問題を取り上げるだろう。
さらにトランプ派で陰謀論グループQアノンの信奉者マージョリー・テイラー・グリーン共和党議員は、バイデン大統領を弾劾すると息巻いている。既に民主党と共和党は妥協の余地がないほど対立が先鋭化している。共和党が下院の多数を占めることで、対立はさらに激しくなるだろう。
下院の多数派党は、議長のポストを手に入れる。同時に各委員会の委員長も独占する。提案法案の審議の取り扱いは多数党の院内総務の仕事である。要するに法案審議は共和党の指導の下で行われるのである。民主党は容易に法案を成立させるのが極めて困難になる。
バイデン政権の議会運営は極めて厳しいものになるだろう。残りの2年間、機能不全の状態が続く可能性がある。
中岡 望(なかおか のぞむ)
1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。ハーバード大学ケネディ政治大学院客員研究員、ワシントン大学(セントルイス)客員教授、東洋英和女学院大教授、同副学長などを歴任。著書は『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など