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小説 高橋是清 第214話 天皇機関説 板谷敏彦

(前号まで)斎藤実内閣は総辞職、岡田啓介内閣が発足した。是清は留任を固辞、大蔵次官・藤井真信に引き継ぐが、藤井は激務の中で入院、逝去する。再び是清が蔵相を務めることになる。

 

 昭和9(1934)11月26日、是清の大蔵大臣親任式前日の夜6時半ごろのことである。

「わしも何度引き出されることやら」

 大蔵大臣就任を引き受けた是清はことのほか上機嫌で、祝いにかけつけた親戚一族と一緒に大人数で食卓を囲んだ。

 党の長老のはずの是清が政友会に黙って岡田内閣に入閣を決めたものだから政友会は怒っているという話だったが、政友会の本部からは祝いのご馳走(ちそう)が届いており、是清はシャンパンを開けさせた。ラジオが是清入閣のニュースを流していて、一族でそれを聞いた。

再登板

 第何代蔵相でいうならば5度目の就任、満80歳である。

 この当時の政治勢力は大きく分けて三つ。国際協調を基本とする天皇・宮中グループに支えられた岡田啓介内閣、司法の大ボスの枢密院副議長平沼騏一郎を押す右翼・陸軍などのグループ、そして憲政の常道をうたい文句に政権獲得を狙う議会第一党の政友会である。

 政友会としては怒ったものの、大衆に人気がある是清を除名するわけにいかず、ならばせめて離党してくれと幹部が赤坂表町の屋敷にまでのこのこやって来た。

「君たちは首相の岡田が憲政常道のために働いているのを知らないか、政友会はもっとまじめにやらなければいかん」

 是清は逆ねじをくわせた。

 記者から政友会はどうでしたと聞かれると、

「なんか政友会の名もしらぬ連中が来たが取り合わなかった」と答えた。

 名もしらぬ連中とは何か、政友会は激怒したが、是清相手では喧嘩(けんか)もうまくない。結局「別離声明」なるものを出してお茶を濁した。是清怖いものなしである。

 28日から第66帝国議会(臨時)が始まった。12月1日には、議会で帝人事件での蔵相としての責任はどこへ行ったのかと問われた。

「私は、御上に対して辞任という形で一応の責任はとったつもりであります。ですがそのことで私は将来君国のために忠誠を尽くすという自由を奪われたとは思いませぬ」

 是清はそれがどうしたと突き放し、議場は拍手でこれに応えた。帝人事件は質(たち)の悪いスキャンダルだった。

 平沼を頭目とするグループが帝人事件に代わって倒閣材料として拾い出してきたのが天皇機関説である。

 陸軍は、是清が蔵相に返り咲く少し前の10月に「国防の本義と其強化の提唱」という小冊子を印刷して16万部ほどを配布した。「たたかひは創造の父、文化の母である」から始まり、内容は陸軍主導による来たるべき戦争のための社会主義国家創立・計画経済採用の提唱であった。これは明らかに軍部による政治介入である。

 統制経済の提唱に関しては右翼のみならず、左翼の社会大衆党なども賛成したが、議会あっての政党政治家は反対した。

 是清は今にも戦争が起こるようなことを言って陸軍が国民をあおってどうするかと批判的だったし、憲法学者の美濃部達吉は雑誌『中央公論』11月号上で「好戦的、軍国主義的な思想の傾向が著しく表れている」と手厳しく批判した。美濃部は陸軍に恨まれた。

 昭和10(1935)年2月18日、貴族院本会議で退役軍人の菊池武夫男爵議員らが、美濃部達吉の天皇機関説を取り上げて「謀反」であり「反逆」だと追及した。

 天皇機関説とは国家を会社のような法人として捉えた時、天皇は国家の最高機関であると位置づける学説で、学会では長い間定説となっていた。参考にしたドイツ法では、むしろ君主制を擁護するための理論だった。

 2月25日、美濃部は貴族院で…

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