定年後再雇用された熟年社員の心の葛藤、洒脱な問答で描く 美村里江
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ご近所さんから庭で採れたという柿を頂き、甘くとてもおいしかった。幼少期、風雨で落ちた青柿を拾うのが好きだったのを思い出す。小さくても既に柿らしい形、鮮緑の硬い実は手のひらの中で独特の存在感を放っていた。
そんな思い出もあり手に取った『十人十色 青柿』(柴田浩幸著、文芸社、990円)。タイトルからはうかがいしれないが、定年後再雇用された熟年社員の葛藤の物語だ。
現役時代と違う立場に戸惑う人、心に澱(おり)を溜(た)めてしまう人、引き続き後輩や社外から頼られ笑顔で過ごす人。はて、自分はどうだろうかと迷いを感じた主人公水上は、恩人である町畑を訪ねる。
定年後は奈良へ引っ越し、晴耕雨読の生活を送っているかつての先輩。この町畑がお坊さんのような知恵者で、問答が味わい深い。「群れた人ほど格差に戸惑うものだ」「劣等感から解放されるためには、ひとり立ちすること」「学ぶ姿勢、不断の努力の違いが、現在地であり、これからの住所となる」……。
特に表題にもかかる、「では、何色の人生だ?」という問いかけは、抽象的でありつつ自分の生きてきたこれまでをイメージせざるを得ない、ドキッとする質問だ。
この問答が長ければ少し堅苦しく感じるかもしれないが、本書は59ページと短く、一文ずつ改行するスタイルで視覚的に余白が多い。テーマと質量が噛(か)み合っているため、自分の経験も反芻(はんすう)しながら、最後まで集中して読むことができた。会社員経験のある人には、もっと刺さる部分が多い一冊だと思う。
役者に定年はないが、思いのほか長い人生をセルフコントロールする必要の出てきた現代。こうした本はもっと増えていくかもしれない。
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前作『いつか深い穴に落ちるまで』で、真顔でとんでもない設定を走り抜ける作風に惹(ひ)かれ、待望の2冊目。『孤島の飛来人』(山野辺太郎著、中央公論新社、1760円)。
6色の大きな…
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週刊エコノミスト
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