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週刊エコノミスト Online

四半世紀に及ぶ地元の悲願「佐渡金山」の世界遺産登録に影を落とすウクライナ侵攻

佐渡島の金山のシンボル「道遊の割戸」
佐渡島の金山のシンボル「道遊の割戸」

 ロシアによるウクライナ侵攻が、「佐渡島の金山」(新潟県佐渡市)の世界文化遺産への登録にも暗い影を落としている。もともと日韓対立のあおりで難航は予想されていたが、ウクライナ侵攻のインパクトはそれ以上だった。世界遺産への登録を決める国連教育科学文化機関(ユネスコ)の委員会がいつになったら開かれるか分からないという状況に陥っているのである。

世界遺産委員会の議長国はロシア

 問題は、ロシアが議長国を務めていることだ。世界遺産への登録は毎年6月ごろに開かれる世界遺産委員会で決まる。だが、ウクライナ侵攻に欧州諸国が強く反発する中、ロシアで予定されていた2022年の委員会は無期延期となった。翌年の議長は委員会を開いた時に決めるので、議長国は現在もロシアのままだ。

 ロシアを理事国から追放した国連人権理事会のような対応ができれば簡単だが、そうもいかない。ウクライナでの「重大かつ組織的な人権侵害」を理由に人権理の理事国資格は停止となったが、これができたのはもともと規定があったからだ。規定に従ってロシア追放決議案が作られ、国連総会の緊急特別会合で可決されたのである。

 国際政治の世界で「人権」は政治的な衝突の場になりやすい。人権理はもともと、人権を重視する先進民主主義国と中露などの権威主義的な国、人権状況に問題を抱える途上国との対立が表面化する場だった。だからこそ、こうした規定が用意されていたのだろう。

規定にない「委員国追放」は難しい

 だが、世界遺産条約は全く違う。そもそも国連教育科学文化機関(ユネスコ)は、憲章の前文で「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」とうたう組織である。世界遺産を巡る政治的対立が増えているとはいうものの、委員国の追放までは想定されていなかった。

 国際社会における温度差も、難しい点だ。侵攻開始直後に国連総会で採択されたロシア非難決議は加盟193カ国のうち賛成141カ国、反対5カ国という圧倒的多数の賛成で可決された。ただ中国やインドなど35カ国は棄権票を投じ、ベネズエラなど12カ国は投票に参加しなかった。

 人権理からの追放決議では、反対が24カ国、棄権が58カ国にそれぞれ増えた。93カ国の賛成で可決されはしたものの、賛成は加盟国の半数に届いていない。ロシアが占領したウクライナ4州の一方的な「併合」を非難する決議への賛成は143カ国に達したが、ロシアに賠償を要求する決議は94カ国の賛成にとどまった。

 こうした結果は、自国にとっての切実さなどで投票行動が変わることを示している。国連総会を舞台にした駆け引きでこういう状況なのだから、明確な規定もない世界遺産委員会からのロシア排除は難しい。日本政府関係者は「委員国21カ国中14カ国を集められれば対応を取れないこともないが、現実的とは言えない」と話す。

 次の委員会が開かれなければ議長国の交代はなく、ロシアが議長国でいる限りは開催の見通しは立たない、というのが現状だ。

ロシアは2025年11月まで居座る?

 世界遺産委員会のホームページを見ると、ロシアの委員国としての任期は2019~2023年となっているが、これもどうなるか分からないという。もともと条約で定められた任期は6年間で、希望する国が多いことから「紳士協定」として「4年間で辞任する」のが慣例となっているからだ。

 ロシアも2019年11月に選出された際に、「4年で辞める」と表明してはいるが、辞めるよう強制はできない。前述の政府関係者は「国際法をこれだけ踏みにじっているロシアが、ここだけ紳士的に振る舞うとは思えない」と悲観的だ。となると、ロシアは最長で2025年11月まで居座ることができるということになる。

日本提出の報告書も審議はいつになるやら…

 佐渡島の金山の世界遺産登録については、韓国が「朝鮮人労働者が酷使された時代を意図的に隠そうとしている」として反発している。背景には、2015年に「明治日本の産業文化遺産」の登録が決まった際の約束を日本が誠実に履行していないという不満がある。

 この問題では、世界遺産委員会も日本の約束不履行を問題視して「強い遺憾」を決議しており、金山の審査にも影響を与えるのではないかと見られてきた。日本は「明治日本」について、2022年12月までに報告書を提出するよう世界遺産委員会から求められていた。

「佐渡島の金山」の世界遺産推薦決定を喜ぶ地元関係者
「佐渡島の金山」の世界遺産推薦決定を喜ぶ地元関係者

 実は、筆者は12月の提出期限に合わせてこの問題をリポートしようとしていたのだが、現状では報告書の審査もいつになるか分からないのだという。

 政府は佐渡島の金山の暫定版推薦書をユネスコに提出済みで、2023年2月までに正式版を提出する。その後、ユネスコの諮問機関「国際記念物遺跡会議(イコモス)」による現地調査などが行われることになっている。そこまではウクライナ情勢と関係なく進むだろう。だが、そこから先の見通しについて語るのは難しそうである。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数

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