法務・税務

“過度”な相続税対策を防ぐ“伝家の宝刀”の抜き方を国税庁が明示 加藤結花

過度な節税は次々に封じ込め
過度な節税は次々に封じ込め

 税務調査が年々厳しさを増している。相続税や法人税では過度な節税策に次々と手が打たれ、暗号資産などで得た所得の無申告の捕捉にも力を入れる。>>特集「狭まる包囲網 税務調査」はこちら

 今年4月の最高裁判決を受け、国税庁が7月1日、ある一つの指示を全国税局に出した。相続・贈与財産の評価方法を定めた「財産評価基本通達」(評価通達)で、例外的な評価を認めた「総則6項」の適用を検討する三つの基準を示したのだ。総則6項はこれまで適用の基準が不明確で、総則6項の適用を認めた最高裁判決に対し、相続税対策の現場などに戸惑いも広がっていた。

 相続・贈与税の申告で、相続・贈与財産をいくらと評価するかは、実務上は原則として評価通達に基づいて評価する。相続税法では相続時の「時価」とされているが、不動産や非上場株式など時価評価が難しい財産も少なくない。そこで、国税庁が「路線価」をはじめとして一般的な財産の評価方法を、評価通達に定めているが、この評価通達に基づく評価方法には例外が設けられている。それが総則6項だ。

 総則6項では「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」としており、評価通達の評価方法を適用すれば、納税者の税負担の公平を著しく害する場合に適用する。いわば、過度な節税を防ぐための“伝家の宝刀”だが、具体的にどのような基準で適用されるのかが納税者側には明らかでなかった。

 国税庁が今回指示した三つの基準とは、①評価通達に定められた評価方法以外に、他の合理的な評価方法が存在するか、②評価通達に定められた評価方法による評価額と他の合理的な評価方法による評価額との間に著しい乖離(かいり)が存在するか、③評価通達の定めによって評価した価額と異なる価額とすることに合理的な理由があるか──だ。これら三つの基準を総合的に勘案して総則6項の適否を判断するという。

「チェックシート」で判断

 最高裁で争われた訴訟では、被相続人(亡くなった人)は亡くなる3年前に東京都と神奈川県のマンション2棟を計約13億8000万円で購入。相続人は財産評価基本通達に基づいて2棟を約3億3000万円と評価し、銀行などからの借り入れ分を差し引いて相続税を0円として申告した。国税側はこれに対し、総則6項を適用したうえで、不動産鑑定に基づいて2棟を計12億7000万円と評価。約3億円を追徴課税していた。

 このケースに沿って三つの基準を考えれば、まず重視されるのが③だろう。最高裁判決でも「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められる」と言及している。今回のケースでは、マンション購入や借り入れがなければ相続税の課税対象となる財産は6億円超とされ、相当額の相続税負担が軽減されたことを重く見た。

 国税関係者は今回の指示を出した理由について「最高裁判決を受け、全国で総則6項を適正に運用していく目的で周知した」と説明する。ただ、②の「著しい乖離」については、国税庁はどの程度の乖離をもって「著しい」とするかは、具体的な数字は示していない。「著しい」ことを示す基準を一律に設けるのではなく、租税負担の公平に反する事情を考慮し、税額に与えた影響なども加味して判断するとみられる。国税担当者の現場では、総則6項の適否について、図のようなチェックシートを使って判断しているという。

 国税庁は総則6項の適用について、最高裁の“お墨付き”を得た形になったが、相続税対策などの現場には戸惑いも広がっている。賃貸マンションなどの不動産は、評価通達の評価方法に従えば実勢価格に比べて評価額が下がりやすく、不動産購入が相続税対策として用いられてきた。税理士法人レガート(東京)の服部誠代表社員によると、最高裁判決以降、節税対策を前面にうたった不動産の営業が減少した印象があるという。

“狙い撃ち”の懸念

 総則6項の適用対象は不動産に限らない。税理士法人タクトコンサルティング情報企画部の遠藤純一課長が確認した情報によれば、東京地裁では現在、相続した非上場株式の評価に総則6項を適用した国税側の処分を不服として、相続人が訴えた裁判が係争中だ。この事案では、相続人の1人に株式を集めるため、1株約10万円で株式を譲渡した後、相続税の申告で1株約8000円と評価したことに総則6項が適用された。

 申告では、評価通達に定められた非上場株式の評価方法である「類似業種比準価額」方式(同業種の上場会社の株価や経営指標を基に算定する方法)で評価したが、国税側はDCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法=その会社が将来生み出す現金収支の割引現在価値から評価する方法)によって1株約8万円と評価した。実に評価額に10倍もの乖離が生じており、相続税額に与えた影響も大きい。

 まとまった資産を持つ人にとって、少しでも相続税負担を減らしたいと思うのは当然の心理。だが、最高裁判決も受け、相続の発生間際になって駆け込みで不動産を購入したりすれば、国税に「租税負担の公平に反する行為」と受け取られ、総則6項を適用されるリスクが高まった。せっかくの相続税対策を否認されないためには、これまで以上にその経済合理性や事業性をしっかりと説明できるようにすることが重要になる。

 ただ、総則6項がこれまで、すべての納税者に公平に適用されているのかどうかは判然とせず、特定の納税者のみ狙い撃ちしているのではないかという懸念は付きまとう。最高裁判決の裁判で相続人の代理人を務めた増田英敏弁護士は「国税側が勝ったとはいえ、透明性のある相続税の課税という意味では国税側に本質的な問題が突き付けられている」と指摘する。

(加藤結花・編集部)


週刊エコノミスト2022年12月6日号掲載

税務調査 国税が示す相続財産評価 “伝家の宝刀”の3基準=加藤結花

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