経済・企業学者が斬る・視点争点

「社会の損失」を可視化する 村上佳世

 価格に反映されない「社会の損失」を可視化することで、人々の価値観とその背景が見えてくる。

「誰一人取り残さない」社会の経済合理性

 私たちがモノやサービスを生産し消費することに起因する気候変動や大気汚染などの環境変化は、人間の健康や将来の社会資産、生物種の絶滅リスクや植物の生産力の水準変化を介して、私たち自身に損失を与えている。

 しかし、その損失の多くは、いまだ価格に反映されていない。市場を行き来するモノやサービスは、原料調達、製造、流通、消費、廃棄後まで含むチェーンを通じて、市場の外側で社会にどんな損失を与えているのか。そのような損失を、疫学、毒性学、大気汚染学などの知見を用いて定量的に推定して可視化する「ライフサイクル影響評価(LCIA)」という研究分野がある。

 日本発のLCIA手法として国際的にも注目される「LIME(日本版被害算定型ライフサイクル環境影響評価手法)モデル」で1年当たりの社会の損失を推定すると、温暖化や大気汚染による健康の損失は寿命換算で「1人当たり7日(50年間で1年分の損失に相当)」、過剰な資源利用等による将来の社会資産の損失は「1人当たり930米ドル」、温暖化や土地開発・森林伐採による生物種の損失は「130種」、人間や動植物の生命を支える基盤である植物生長の損失は「130億トン」と試算される(値は2022年最新、世界全体の平均・集計値)。同じ情報を使って、個別製品単位で損失量を可視化できるので、LIMEは企業の製品開発や環境会計の評価手法としても活用されている。

 社会の損失を可視化することは、どちらの製品が望ましいかを判断するための貴重な情報だ。例えば、従来品と比較して、新製品Aの健康損失が(例えば微粒子の排出を抑えることで)半分になるなら、社会的により望ましい製品を開発できたと判断できる。コスト面に問題なければ、新製品Aへの代替が支持されることになろう。

 では、健康損失は従来のままで、生物種の絶滅リスクが(例えば生態系に配慮した原材料調達によって)半分になる新製品Bを同時に開発したとき、私たちはどちらの製品を支持すべきだろう。新製品Aなら人間の健康損失が半分、新製品Bなら生物種の絶滅リスクが半分になる。こんなとき、どちらが社会にとって望ましいのか、物量単位のままでは判断が難しい。「健康損失が半分になることのほうが、生物種の絶滅リスクが半分になることよりも2倍重要だ」と考えれば、新製品Aの改善を2倍大きく評価して、Aに軍配を上げることもできるし、逆なら新製品Bの改善のほうを2倍大きく評価して、Bに軍配を上げればよい。

 このような異なる単位で測られる領域の損失は、国や地域によって、その社会における重要度が異なる。短命の人が多く、医療が不十分な地域では、健康損失を回避する価値が相対的に高いために製品Aをより望ましく感じるだろう。長寿の人が多く、医療が充実した地域なら、健康損失よりも生物種の絶滅リスクのほうがより緊急性が高く、製品Bを支持するほうが社会の好みにマッチしそうだ。

不平等・貧困と価値観

 このような価値観は、直接尋ねてみないこ…

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