超グローバル化期は終わった 金融政策の負担を軽減し構造政策に向き合え 山川哲史
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脱グローバル化の下でのサプライチェーン再構築は、新たな段階に入った。供給面における構造政策をおざなりにし、インフレ抑制のため金融引き締めに依存し続ける政策運営は、弥縫策に過ぎない。
新たな均衡を探る
2022年の世界経済は低インフレ・低金利環境が続いた21年までとは対照的に、高インフレに翻弄(ほんろう)される1年だった。
22年の主要国における消費者物価指数(CPI)上昇率は、米国でプラス8.1%(21年実績はプラス4.7%)、ユーロ圏でプラス8.6%(同プラス2.6%)、英国でプラス8.8%(同プラス2.6%)と、共に前年を大きく上回る水準に着地、23年についても、それぞれプラス3.7%、プラス5.7%、プラス8.7%と、下期を中心に低下するものの、通年ではなお高水準で推移する見通しだ。ちなみに日本のCPI上昇率は、22年にプラス2.5%(21年実績はマイナス0.2%)に達したあと、23年にはプラス1.6%まで低下することが見込まれる。
インフレを巡る環境が、世界的に、短期間でここまで激変した背景としては、主に以下の三つの諸点が挙げられる。第一に、新型コロナウイルスの感染拡大で停滞を余儀なくされた世界景気が、ワクチン普及、及び各国・地域における大規模な金融緩和、財政拡大を契機に急速な回復を示した点だ。
第二は、感染拡大の過程で物流を含めたサプライチェーンが毀損(きそん)、さまざまな分野で供給面からボトルネックが発生した点だ。供給制約は、ロシアのウクライナ侵攻を契機に一段と悪化した。
そして第三に、感染拡大、供給制約の影響が、いわゆる「履歴効果(経済に対するショックの影響が、人々の行動変容等の構造変化を通じ残存する現象)」を通じ、深刻、かつ長期化した点だ。例えば米国を中心に、景気回復後も労働者が雇用市場に復帰せず、労働力不足が賃金高騰を招いている状況はこれに相当する。
需要・供給サイドの要因が複雑に絡み合ったインフレは、市場の事前予測に対する「サプライズ」とともに金融市場を直撃、インフレ「サプライズ」の度合いを示す指数は、徐々に安定化しつつあるとはいえ、22年を通じ累積的に上昇(「上振れ」サプライズが拡大)した(図1)。
遅れたインフレへの初動
米国連銀を中心とする主要国の中央銀行は、インフレ加速の初期局面において、これを「一過性(transitory)」の現象とする判断に固執したため、量的緩和の縮小、及び利上げを通じた金融引き締めへの初動が遅れた。この結果、22年以降各国中銀は、「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、以下YCC)」による金融緩和を維持し続けた日銀を唯一の例外に、インフレを追走すべく、異例のペースでの利上げによりインフレを抑制する「タカ派」的な金融政策運営へと一気に傾斜した。
特に利上げを先導する形となった米国の連邦準備制度理事会(FRB)は、22年中に、4回の0.75%の利上げを含む、7回にわたる利上げを実施(12月は0.5%の利上げ予想)、23年には更に2回の追加利上げ(2月は0.5%、3月は0.25%の利上げ予想)を行い、政策金利(FFレート)水準を5%水準まで引き上げる見通しだ。ちなみに5%は、今回の利上げ局面におけるピーク水準(ターミナル金利)と目される。こうした金融政策スタンスは、程度の差こそあれ、同様に不測のインフレ圧力に直面した欧州中央銀行(ECB)や英国中銀(BOE)など、他の主要国中銀にも共通する。
ただし初期局面でインフレ加速に遅行した結果、加速度的な金融引き締めを余儀なくされたことの代償もまた大きい。世界経済は23年にかけ、その対価を景気後退という形で支払わざるを得ない。バークレイズ証券の予測では、23年の実質GDP(国内総生産)の成長率は米国でマイナス0.1%(22年予想はプラス1.8%)、ユー…
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週刊エコノミスト
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