国際・政治

中国から届く悲鳴の正体――失速する成長、日常を壊す“ゼロコロナ” 柯隆

「ゼロコロナ政策」が中国経済の活力を削ぐ……封鎖した家の前で監視する防疫担当者(2022年11月、北京)Bloomberg
「ゼロコロナ政策」が中国経済の活力を削ぐ……封鎖した家の前で監視する防疫担当者(2022年11月、北京)Bloomberg

 習近平氏は繰り返し「国有企業をより大きくより強くしなければならない」と唱える。民間から中国共産党主導の経済へ移行することになる。

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 中国経済は今、どうなっているのか。新型コロナウイルス禍において、筆者のような在外エコノミストは中国に出張することができず、自分の目で確かめることができない。それでも、中国国内から経済が悪いとの悲鳴が絶えず聞こえてくる。「失業した」「住宅ローンを返せない」といった悲鳴である。

 中国国家統計局が発表した2022年11月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は、2カ月連続で前月を下回って48.0となり、景況感の「良い」「悪い」の節目である50を割り込んでいる。一方、非製造業PMIは前月の48.7から46.7へと大きく落ち込んでしまった。毎年11月11日の「独身の日」には、アリババグループなどのEC(電子商取引)企業はその日の売上高をリアルタイムで公表していたが、今年は数字があまりにも悪いとみられ、売上高の公表を取りやめたほどだ。

 中国政府はもともと、22年の経済成長目標として5.5%成長を掲げていたが、1〜9月期の成長率は3.0%だった。第4四半期(10〜12月)の景気はそれほど上向かないことから、5.5%の成長目標は達成困難の情勢になっている。23年の経済成長率については、北京大学を中心とする経済学者グループは5%成長を目標として掲げるべきと提言しているが、「ゼロコロナ政策」を完全に転換しなければ、4%前後の成長になる可能性が高い。

 中国共産党の習近平総書記(国家主席)は22年10月の中国共産党大会で3期目の続投が決まったばかりで、23年3月に新しい国務院(内閣に相当)人事が決まる予定になっているが、強い向かい風が吹き荒れている。

毛沢東時代に逆戻り

 では、なぜ中国経済は成長しなくなったのだろうか。習氏はこれまでの改革・開放路線を問題視している。自由化を基軸とする改革・開放路線では民間企業が経済をけん引する主役となり、国有企業が急速に弱体化しているためである。このままいけば、共産党の指導体制を堅持できなくなる恐れがある。だからこそ、習氏は国内の演説で、繰り返し「国有企業をより大きくより強くしなければならない」と呼び掛けている。

 中国共産党の立場からすれば、習氏の問題意識は決して間違っていない。中国共産党1党支配の政治体制をどうしても堅持するならば、自由な市場経済を犠牲にしなければならない。これからは民間ではなく、共産党主導で経済成長を図ることになるが、それが成功するどうかは分からない。少なくとも毛沢東時代(1949〜76年)の計画経済は失敗に終わった。旧ソ連でも統制経済が機能せず、結局は崩壊してしまった。

 今回の中国共産党大会で、習氏は活動報告において習近平時代の「中国特色ある社会主義思想」を提唱した。習政権は進行方向を大きく変えて、毛時代に逆戻りしようとしている。むろん、それが成功する可能性は低い。

 こうした中で、江沢民元国家主席が11月30日、死去した。その前に、胡錦濤・前国家主席も中国共産党大会の閉会の日、新しい人事が採決される前にむりやり退場させられた。この二つの出来事は、習氏にとってうるさい長老がほぼ一掃されたことを意味する。23年3月に開かれる全国人民代表大会(全人代、国会に相当)では、新しい国務院人事はすべて習氏のイエスマンによって構成される。

 これは、逆にいえば、23年以降の政策運営は極端に不安定化しがちになる。なぜならば、間違った政策にブレーキをかける人がいないからである。

高い若年層の失業率

 その典型例の一つは「ゼロコロナ政策」である。中国で実施されているゼロコロナ政策はわずか数人、十数人の感染者が見つかるだけで、地域全体がロックダウンされてしまう。人々が自宅や臨時病院のような施設に隔離され、毎日のように強制的にPCR検査を受けさせられる。人々の行動を監視するために、スマートフォンに健康コードアプリも強制的にインストールさせられている。

 世界主要国では、とっくに「ウィズコロナ」に政策転換しているが、中国だけゼロコロナ政策を続けている。それによって中国経済の本来の活力が削(そ)がれている。特に、中小企業の倒産が急増し、若年層の失業率は急上昇している。16〜24歳の失業率は22年10月、17・9%にもなった。それでも、中国のほとんどの都市では、至るところに白い防護服を着た医療関係者や警察官が配置され人々の外出を制限する。

 人々にとって日常生活は完全に壊されている。一方、中国の大学生のほとんどは学生寮に住んでおり、集中管理されている。大学生も外出が厳しく制限されている。市民も大学生も政府のゼロコロナ政策についてうんざりしており、至るところで小規模な抗議活動が起きている。中国の主要大都市や大学で白い紙を手に持った無言の抗議デモでは、白い紙には何も書かれていないが、何についての抗議かは一目瞭然である。

 中国で実施されているゼロコロナ政策はもはやフェーズが変わった。人々はこれ以上我慢できない。ウイルスの感染を防ぐはずの防疫は、人々の行動を制限するための措置になっている。それに対して、市民や学生は公然と政府を批判するようになっている。特に、上海など一部の大都市では「習近平、退任せよ」と叫ぶ市民まで現れている。

 ここで問われるのは、中国政府がゼロコロナ政策を転換するかどうかである。しかし、現在はタイミングとして決して良くはない。これからは冬本番であり、ウイルスの活動が活発化する季節である。有効なワクチンの接種が進んでいない中国で、ゼロコロナ政策を緩和するには感染拡大を受け入れる必要がある。かといって、このままゼロコロナ政策を続けるにしても、社会不安が増幅するリスクが高い。

 習政権は3期目に突入したばかりだが、早くも行き詰まる様相を見せている。強国復権を目指す習政権だが、経済の減速は重い足かせになっている。ここで問われるのは習政権の統治能力である。

(柯隆・東京財団政策研究所主席研究員)


週刊エコノミスト2022年12月27日・2023年1月3日合併号掲載

世界経済総予測2023 中国経済 日常を破壊する「ゼロコロナ」 23年の成長率は4%へ失速も=柯隆

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