経済・企業

大企業中心の賃上げブーム 中小の7割は「予定なし」 村田晋一郎

賃上げで注目を集めるファーストリテイリングのユニクロ Bloomberg
賃上げで注目を集めるファーストリテイリングのユニクロ Bloomberg

 大企業を中心に「賃上げ」の表明が相次いでいるが、コスト上昇を価格転嫁できない中小企業は「蚊帳の外」だ。

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「賃上げ」が今年の日本経済の最大の争点になっている。新型コロナウイルス感染症やウクライナ戦争を契機に、世界的にインフレ圧力が強まる中、日本でもエネルギー価格や原材料の高騰を理由にした商品やサービスの値上げが相次いでいる。デフレ経済への突入以降、絶えて久しかった「物価上昇と連動した賃上げ」のサイクルを復活させることで、国内総生産(GDP)の約70%を占める個人消費を刺激。「インフレを伴った実体経済の拡大」というかつては当たり前だった日本経済の姿を取り戻すのが狙いだ。

 賃上げ論争は岸田文雄首相が1月4日の年頭会見で、経済界にインフレ率を上回る賃上げを要請したことで火が付いた。23日からスタートした2023年春闘では、日本経団連の十倉雅和会長が「構造的な賃上げへ企業行動の転換を実現する絶好の機会」と発言。連合の芳野友子会長も、「日本の未来を作り変えるターニングポイント」と応じた。

 こうした中、ファーストリテイリングが正社員の年収を最大40%引き上げると発表したほか、サントリーホールディングスが6%、日本生命とロート製薬が7%賃上げの意向を明らかにした。まさに、岸田政権が標榜(ひょうぼう)する「成長と分配の好循環」を柱とした「新しい資本主義」が動き出したように見える。

 しかし、こうした賃上げが可能なのは、内部留保が厚く、かつ、高い業界シェアを持ち、コストの上昇分を商品・サービス価格に容易に転嫁できる大企業が中心との見方は根強い。中小企業庁によると、日本に存在する360万社のうち大企業は1万1000社強に過ぎず、残りは中小企業だ。労働者の数で見ても、中小企業は全体の70%を占める。なおかつ、中小の賃金水準は大企業よりかなり低い(図1)。大企業でも非正規従業員は、企業内組合の賃上げ交渉の恩恵にあずかれない(図2)。中小企業や非正規雇用で賃上げが進まなければ、「新しい資本主義」は絵に描いた餅になるのだ。

価格転嫁に踏み切れず

 城南信用金庫が1月10~13日、東京都や神奈川県の顧客企業738社に対象に行った調査が、中小の苦しい台所事情を表している。「賃上げを予定している」と回答した企業は全体の26.8%で、残りの72.8%が「賃上げを予定していない」とした(図3)。賃上げを予定している26.8%の企業でも、賃上げ率は1~2%未満が35.4%で、大半が3%未満という状況にある。

 城南信金の顧客企業は飲食店など、従業員10人以下の家族経営の企業も多い。こうした企業では特に原材料費や水道、エネルギー価格の高騰が収益を悪化させている。本来は、コスト上昇分を商品やサービス価格に転嫁すべきだ。しかし調査では、「価格転嫁ができていない」と回答した企業が80%を超えた(図4)。城南信金の川本恭治理事長は、「コロナ禍で売り上げがゼロに落ち込んだことを経験しており、客が減る恐怖から値上げに踏み切れない企業が多い」と説明する。大手メーカーの下請け企業も同様という。同信金が1月20日に開催した「価格転嫁支援セミナー」には、200人以上の参加者が殺到。中小企業の不安感の強さを浮き彫りにした。

転職市場はかつてない過熱

 一方、生産年齢人口の減少を背景に、転職市場はかつてない売り手市場となっている。リクルートによると、22年10~12月期に転職時の賃金が前職に比べ10%以上増加した転職決定者の割合は33.4%と過去最高を更新した。同社の高田悠矢・特任研究員は、「リーマン・ショック前の07年の非常に景気が良い時で、この割合は26.2%。その時より足元の水準は大きく切り上がっている」と説明する。業種別では、経済のDX(デジタルトランスフォーメーション)化で、IT系エンジニアが過去最高の39.7%と賃上げのけん引役になっているほか、経営企画や法務部門などの「事務系専門職」も31.4%と過去最高水準となっている。年功序列賃金で短期的な労働需給に左右されない大企業正社員の「内部労働市場」に対して、労働需給が直接反映される転職などの「外部労働市場」では、「人手不足がしっかりと賃金の上昇圧力となっている」(高田氏)のだ。

 こうした中、中小企業でも、成長を支える優秀な人材の確保に、継続的な賃上げに取り組むところが出始めた。

 不動産鑑定大手の三友システムアプレイザルは、26年9月期を最終年度とした中期5カ年計画で、年率4%、5年で計20%の賃上げを計画している。同社は従業員数140人、売上高17億円で、規模としては中小企業に属する。収益力を高めるため金融機関向けの不動産鑑定事業で値上げを進めるとともに、採算の良い一般事業会社向けの鑑定事業を開拓していった。これにより収益力を改善し、賃上げの原資を確保した。同時に、従業員のキャリアアップのためのリスキリングなど、人的資本の投資にも注力していく。

 同社の安藤光隆会長は、「鑑定業は本当に人が資本。処遇を改善し、今後は特に若い人に長く働いてもらわないと、事業会社として存続できない。賃上げを定めた今回の中期経営計画は生命線」と語る。

リスキリングと同時に

 三友システムアプレイザルに見るように、中小でも継続的な賃上げを実現するためには生産性の向上が必要だ。パーソル総合研究所の小林祐児・上席主任研究員も「賃上げとリスキリングを同時並行で行うことが重要」と語る。

 小林氏によると米国企業は過去30年間、優秀な人材の確保のため、人的資本投資を惜しまなかった。それが生産性の向上を通じ、賃上げにつながる好循環を生んでいる。一方、日本はデフレ経済の下、賃上げやリスキリングなど人的資本投資を惜しむことで、利益を捻出してきた。この悪循環を断ち、人への投資を加速することで、再び「世界で戦える日本企業」を復活させることができるのか。

 今回の賃上げ論争は、「同一労働同一賃金」原則の浸透とワンセットでもある。正社員対非正規社員、「働き盛りなのに賃金が低い若者」対「働かないのに給料が高い中高年」などの対立構造を通じて、日本の「正社員中心主義」を根底から揺さぶることにも留意が必要だろう。

(村田晋一郎・編集部)


週刊エコノミスト2023年2月7日号掲載

賃上げサバイバル 大企業中心の賃上げブーム 中小の7割は「予定なし」=村田晋一郎

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