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CESで見えたEVの未来 ポイントはデザインとソフト 土方細秩子

ステランティスがCESで発表したプジョーブランドのEV「インセプション」。未来的なデザインが特徴 Bloomberg
ステランティスがCESで発表したプジョーブランドのEV「インセプション」。未来的なデザインが特徴 Bloomberg

 もはやエンジン車の常識は通用しない。電気自動車(EV)の技術やデザイン、市場動向など最前線を追った。

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 脱炭素という視点ばかり注目されるEV(電気自動車)だが、ガソリン車にはない機能、性能まで通信やソフトウエアで後から付け足し、利用者の望む世界に進化させることができるのが最大の特徴だ。米ラスベガスで毎年1月に開かれるテクノロジー見本市「CES」はここ数年、世界最大のオートショーとしての側面も持ち始めており、EVがクルマ社会の変革をどう進めていくか、そのコンセプトの発表の場になっている。

 今年のCESでは、独BMWと欧米ステランティス(欧米フィアット・クライスラー・オートモービルズと仏PSAの合併企業)の2社が、基調演説とともにEVのコンセプトや新型モデルを発表し、自動運転やEV化を推進するサプライヤーによる発表も続々と登場した。

 特に自動運転を支えるセンサーやカメラ、車内エンターテインメントなどを一元化して管理するデバイスが充実していた。充電技術も、従来のプラグ形式に加えて無線ワイヤレスによる自動充電形式が発表され、ステランティスが自走式のコンセプト機を発表したほか、米国のワイヤレス充電トップ企業のプレゼンもあった。

 EVの特徴は、エンジン類がなく、バッテリーを車体の下に組み込むフラットな床構造のため、車体デザインの自由度が高い、という点だ。エンジンルームなどに空気を取り入れるエアインテークがフロント部分に必要ではないため、フロントにグリルを設ける必要もない。そこからEVならではの機能美が生まれる。

 その機能美を生かした未来的な車をコンセプトとして発表したのがステランティスだ。プジョーブランドから出された「インセプション」は、全高が1.34メートルの低いシルエットにエッジの目立つデザインで、EVのスタイルの可能性を広げるものだった。

ゲーム機のコントローラーのような「プジョー・インセプション」のステアリング部分 プジョー提供
ゲーム機のコントローラーのような「プジョー・インセプション」のステアリング部分 プジョー提供

 インテリアにも新しい発想がある。「ハイパースクエア」と名付けられた長方形のステアリング部分には、四隅にリング状のタッチパネルが搭載されている。ここに指を滑らせることで、速度や室温、オーディオのボリューム調整など、ゲーム機のコントローラーのような感覚でさまざまな操作ができるなど、未来の車のスタンダードにもなりそうなデザインだ。

1回の充電で1200キロメートル走るベンツのコンセプトEV「ビジョンEQXX」(市販化は2025年)筆者撮影
1回の充電で1200キロメートル走るベンツのコンセプトEV「ビジョンEQXX」(市販化は2025年)筆者撮影

 同じく車体の機能美を追求しているのがメルセデス・ベンツのコンセプト車「ビジョンEQXX」だろう。この車はコンセプトといえどもすでに走行実験を行っており、100キロワット時の大容量バッテリーを搭載して1回の充電で最大1200キロメートルの走行が可能だ。

 しかも、従来のEVの最大航続距離は低速走行などの際の回生ブレーキによる発電分を含めたものだが、EQXXは平均時速83キロでこの数字を達成している。これを実現するために、マグネシウムを素材としたタイヤの軽量ホイールやEV専用の軽量フレーム、そして空気抵抗値が0.17と驚異的に低い流線的なデザインなどが採用されている。まさにEV時代のスーパーカーと呼べるだろう。

色が変幻自在のBMW

次世代EV向けに開発されたBMWのコンセプトEV「ビジョンDee」は、ボディーの外観の色を自由に変化させられる 筆者撮影
次世代EV向けに開発されたBMWのコンセプトEV「ビジョンDee」は、ボディーの外観の色を自由に変化させられる 筆者撮影

 しかし、EVで表現できるのは未来的なものだけではない。BMWがコンセプト車として発表した「iビジョンDee」は、車のデジタル化を表現しながらも、人の感情に寄り添う車を目指している。

 Deeの最大の特徴は電子ペーパー技術「eインク」によってエクステリア(ボディーの外観)の色を自由に変えられる、という点だ。色やデザインによってその日の気分を表現できるが、これまで車は特定の色をオプションとして選ぶと価格に反映されていたが、このような装備があればどんな色や模様でも1台の車で実現できる、という利点がある。

 さらに、DeeにはHMI(ヒューマン・マシン・インターフェース=人間と機械が情報をやり取りする装置やソフト)にAI(人工知能)を採用し、「まるで人と会話しているような」車とのコミュニケーションが可能になる、という。ボイスコマンド(声による指令)は多くの車が採用しているが、そこに人間らしさを求める、という発想も今後はポピュラーなものになるかもしれない。

「異例」のソニー・ホンダ

 このように、EVを考える時に重要な要素になるのがソフトウエアの存在だ。EVは「ソフトウエアのアップデートによって進化する車」である。ハードとしての車の機能ももちろん重要だが、安全機能やエンターテインメントをはじめ、あらゆる機能をソフトウエアで動かすことが求められる。

ドアノブがなく自動で開閉するソニー・ホンダモビリティの「アフィーラ」 筆者撮影
ドアノブがなく自動で開閉するソニー・ホンダモビリティの「アフィーラ」 筆者撮影

 日本から唯一出展したソニー・ホンダモビリティ(SHM)がプロトタイプとして発表した「アフィーラ」も、記者発表ではソフトウエアに重点が置かれていた。ソニーはもともと独自で開発していたコンセプト車「ビジョンS」において「自社が持つ安全機能(センサー、カメラ)とエンターテインメント機能(ビジュアルモニター、コミュニケーションデバイスなど)のショーケースとしての車」であることを強調していた。

 今回、SHMとして車の販売に本格的に乗り出すにあたり、ソニーのブースで行われた発表は、車の発表としては異例ともいえる、航続距離などの車としての性能説明がなく、ドアノブすらも排した凹凸の少ない曲線を生かしたシンプルなデザインのみが明らかにされた。ソニーが持つ映像やゲームなどの技術を取り入れたソフトウエア関連の説明が先行した形だ。

 ソフトウエア関連の説明では、例えば米ゲーム大手エピック社との提携が発表され、ソニーが持つゲーム機の機能が車内で体験できるようになる可能性を感じさせた。また、米半導体大手クアルコムが作成したデジタルプラットフォームを採用し、安全機能から通信、エンターテインメントまでさまざまな機能をプラットフォーム上で一元化するという。

 SHMの水野泰秀会長兼CEO は記者会見の中で「OTA(オーバー・ジ・エア=通信によるソフトウエアのアップデート)により車を進化させる」と強調した。これまでの日本のメーカーによるEV発表ではあまり触れられてこなかった、OS(基本ソフト)やソフトウエア開発の重要性に言及したことは大きな進化といえる。世界のEV業界では、こうしたソフトウエアやOTAによって更新していく重要性は、すでに数年前から認識されている。

存在感薄い日本勢

 これからの自動車業界は、頻繁に新しいモデルを投入するのではなく、こうしたソフトウエアを使ったさまざまなサービス、つまりMaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)や車の機能も含めたサービスのサブスクリプション(定額利用)により利益を追求するものになる。すでに、BMWは座席の暖房などの機能の一部、メルセデス・ベンツは上級グレードの走行機能などをサブスク形式で提供することを発表している。

 ただ、今回のCESでEVを発表した日本のメーカーはSHMだけで、他社のコンセプト車のような驚きに満ちた内容には乏しかった。利用者のデータを最大限に活用して新たなサービスを提供するシステムについても、EV普及が遅れている日本市場では急速な発展が見込みにくい。EVがもたらす社会インフラの革命、ビジネスモデルの大きな変革を前に、日本のメーカーが生き残りをかけて何をすべきか、という課題がCESの展示からも浮かび上がっている。

(土方細秩子・ジャーナリスト)


週刊エコノミスト2023年2月14日号掲載

EV新常識 CESで見えたEVのミライ 自由なデザインとソフト重視=土方細秩子

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