経済・企業 テスラ試乗1500キロ
世界で最も売れたEV「モデルY」は日本車を駆逐するのか/下(編集部)
試乗2日目である2月5日(日)は、朝9時21分にホテルを出発し、長野県の白馬村に行くことにした。今回試乗のテスラモデルY「パフォーマンス」は4輪駆動で伊ピレリの冬タイヤを履いている。スタッドレスタイヤではないが、ちょうど1年前に試乗したモデル3の4輪駆動モデルの雪上性能が良好だったので、モデルYでも雪道での性能を測ってみたいと思ったのだ。
天気は晴天だった。ホテルを出てからは、京都市内を南東に下り、御陵→山科から名神高速の京都東インターチェンジ(IC)に入る。まずは、テスラの専用急速充電器スーパーチャージャー(SC)がある岐阜羽島ICに向かう。名神は渋滞もなく、快調に走る。関が原を通過し、前日に充電した岐阜羽島IC近くのショッピングセンターには11時13分に到着した。
岐阜羽島の充電拠点で4台のテスラに遭遇
京都のホテルからの走行距離は199キロ。ここで、35分間充電し、充電量を55%から90%まで回復させた。岐阜羽島SCには4台の充電器があるが、モデル3が2台、モデルXが1台、それに私のモデルYで全て埋まっていた。このSCは名神高速におけるテスラの「息継ぎポイント」として活用されていることが見て取れた。
岐阜羽島のSCは11時48分に出発、再び岐阜羽島ICから名神高速に入る。名古屋市の北側を走り、小牧ジャンクションから中央道に入った。モデルYはその太いトルクにより、中央道の曲がりくねった上り道を苦も無く上っていく。左手に木曽山脈、右手に南アルプスの雄大な景色を見ながらのドライブは格別でもある。諏訪湖湖畔の岡谷市の岡谷ジャンクション(JCT)から長野道に入り、さらに北上する。松本、安曇野を経由し、更科JCTで上信越道に合流し、長野ICで降りる。ここからほど近い、ロイヤルホテル長野の駐車場にあるテスラのSCには14時36分に到着した。京都のホテルからの走行距離は391キロ。充電量は14%まで減っていた。使用した電気量は79キロワット時で、平均電費は、1キロワット時=4.95キロだった。ここで、15時24分まで充電し、充電量を14%→90%まで回復させる。
テスラ自慢のボンネット収納「フランク」とは
このホテルは道を挟んで真向かいに農協が経営する大型の食品スーパー「A・コープファーマーズ松代店」があり、充電の間に肉やチーズなどの買い物を済ませた。買い物後、テスラ自慢の「フランク」を使ってみる。テスラはエンジンがないので、ボンネットの下は空洞であり、ここに荷物が積めるように収納容器がある。これをテスラでは、「フランク」と呼んでいる。おそらく、「フロントトランク」の略だと思われる。モデル3も同様のフランクはあるのだが、モデルYはより深く、写真のように、小さな段ボールなら2~3個は余裕で入りそうだった。エンジンがないので、冷蔵や冷凍食品を積んでも大丈夫かと判断した。
白馬村で雪道の性能を試すが、実力は分からず
充電後は、長野県道31号から33号、通称オリンピック道路という通行料金210円の有料道路を経由する白馬への王道ルートで、白馬村に16時14分に到着した。長野の温度はプラス7度に対し、白馬村はマイナス1度。残念ながら、幹線道路は雪が全て溶けているか除雪されていた。これでは、雪道の性能は測れない。そこで、スキーゲレンデ近くのホテルやペンションが立ち並ぶ山側の道に入り込んでみた。シャーベット状の雪ではあったが、きちんと走れた。
ただ、1年前のモデル3の試乗で感動したほどの雪道での接地感、安心感の高さはなかった。おそらく、昨年はスタッドレスタイヤだったのに対して、今年は簡易的な冬タイヤだったこと、また、昨年のパウダースノーに対し、今年は解けかけの雪だったことが影響しているのだろう。キュッと締まったパウダースノーを、電気モーターの緻密な制御で、ギュッと踏みしめる感覚はなかった。
モデル3に対し、モデルYが200キログラム重いことも、雪道で積極的に走ろうという気にさせない要因であろう。収穫はあまりなかったが、せっかく、白馬村まで来たので、1998年の長野五輪で使われたジャンプ台の前まで行き、写真を撮影した。
復路の電費は1キロワット時=5.34キロ
白馬村は16時59分に出発し、往路と同じ道を通り、ロイヤルホテル長野のSCに18時19分に到着。18時36分まで充電し、充電量を66%→87%まで回復させる。ここから、長野ICから上信越道→関越道を通り、東京まで一気に戻る。くねくねした中央道に比べると、上信越道と関越道は道がまっすぐでとても走りやすい。関越道の寄居SAに20時8分に到着し、食事をしようと思ったが、レストランはなんと20時でオーダーストップ。小休止後、再び走り始める。
東京・用賀には21時50分に到着。京都のホテルからの走行距離は705キロ、電力消費は132キロワット時だった。平均電費は1キロワット時=5.34キロであった。基本的に下りなので、電費も良かったのだろう。初日と合わせると1427キロ、消費電力は276キロワット時、平均電費は1キロワット時=5.17キロだった。高速をガンガン走ると、電費は1キロワット時=4キロ台後半に落ち、一般道を50キロくらいのペースで走ると、6キロ台で走れるイメージだ。
なお、京都丹後半島までを往復した土日を挟み、前後の金曜日と月曜日は都内を走っており、4日間の総走行距離は1521キロ、総消費電力は297キロワット時、総平均電費は1キロワット時=5.12キロであった。
充電回数は2日間で6回、平均37分
2日間の走行で、充電回数は6回。具体的には、1日目が浜松SC(37分)、岐阜羽島SC(35分)、京都四条SC(49分)、2日目が岐阜羽島SC(35分)、ロイヤルホテル長野(48分、17分)である。合計221分で平均では一回当たり37分。37分の充電で、車の航続可能距離の表示では340キロ、実走行では250キロ走れる感じだ。
この充電時間を長いととるか、短いととるか。もし、250キロを一気に走るのであれば、40分の休息は必要なので、そんなにストレスにならないと思う。ただ、本音を言えば、充電時間が現在の半分になれば、エンジン車と使い勝手でそん色はなくなると思った。テスラの日本国内のSCの充電速度は最大で250キロワット時だが、欧州では350キロワット時が実用化されており、これが導入されれば、充電への不満はほぼ解消されると考える。
後席の広さ、使い勝手はモデル3に比べ大きく改善
車としての使い勝手だが、モデルYはモデル3より大きく改善されている。まず、車高と室内高が増えたため、運転席、助手席の解放感はモデル3に大きく勝る。この印象は後席に乗り込むと一層強まる。モデルYのホイールベース2890ミリとモデル3の2875ミリからほとんど増えていないが、前席の下に両足をしっかりと入れることができるので、楽な姿勢が取れる。頭上の余裕も十分だ。
収納面についても、後部のトランクは広大で、後席を倒さなくても、4人分のゴルフバックが入りそうだった。これに、ボンネット下のフランクが加わる。
欠点は全幅と最小回転半径の大きさ
一方で、モデルYにも欠点はもちろんある。それは、車幅と最小回転半径だ。全幅はモデル3の1849ミリに対し、1921ミリ。高速での走行では問題はないが、東京都内や京都市内の狭い路地では気を遣うことになる。重さも2000キログラムあるので、入れられる立体駐車場は限られる。最小回転半径は6.1メートルでメルセデスのE200の最小回転半径が5.4メートル程度なのに比べると、さすがに大きすぎると思う。ただ、狭い路地では、液晶モニターに壁などの周囲の映像が映し出され、障害物までの距離がセンチ単位で表示される。これは、便利だった。
このサイズと重さ、取り回しの問題さえクリアできるのであれば、エンジン車に代わる選択肢として積極的に選ぶ理由はあると思った。
シンプルすぎる内装に「共感」できるか
あとは、テスラの「思想」に共感できるかが、購入の大きな壁として立ちはだかる。シンプルすぎる内装を見れば、テスラが自動車を「再定義」しようとしているのは明らかだ。ミラー、ハンドルの位置、エアコン、ワイパー、オーディオも含めて、15インチの液晶モニターで操作する手法は、既存メーカー、あるいは、その車に慣れた消費者から見れば異端でしかない。速度メーターはなく、速度は液晶画面の右上に表示されるだけだ。
その代わり、視界はしっかりと確保され、運転に集中できる。テスラのコックピットに慣れると、逆に既存のクルマの内装がなぜこれだけゴテゴテしているのか、不思議に思うようになる。
オーディオは贅沢な16スピーカーが標準装備
「無駄」なものは徹底的に省く一方、必要なものは、贅沢に装備している。その代表は、オーディオだろう。下位モデルの「RWD」から16スピーカーが標準装備されており、重低音の音が楽しめる。前後席とハンドルにヒーターがついているのも、寒い冬場の走り出しに助かった。
テスラの最大の脅威は「製造と販売方法」
これまで、モデルY自体の評価を色々としてきたが、実は日本の自動車業界にとっての最大の脅威は、製造と販売方法なのではないかと思う。私の知人が最近、モデルYを購入したのだが、1月半ばにオンラインで注文したのに対し、なんと、2月18日に納車された。ドイツ系メーカーのEVが納車まで1年はかかっているのを考えると驚異的だ。テスラは明らかに、半導体とバッテリーの供給不足の問題をクリアしている。モデル3とモデルYの最新モデルでは、センサーからレーザーを照射して周囲の障害物までの距離を測る「LiDAR(ライダー)」を廃止し、さらに、その他のセンサーも、カメラで代替しようとしている。部品点数の削減はコストや納期にプラスだ。
連載の(上)では、テスラが値下げしたことを書いた(その後、再び、モデル3、モデルYを小幅値上げした)。これは、メーカーが直販しているからこそ可能だ。既存の自動車ビジネスでは、地域の独立系資本ディーラーがメーカーから車を買い取り、自分の在庫にするので、製造コストの増減を機動的に小売価格に反映するのは不可能だ。特に値下げの場合、その瞬間にディーラーの在庫に含み損が生じてしまう。
テスラの納車はわずか10分、花束贈呈はもちろんなし
ちなみに、知人のモデルYの納車に同行したが、東京・有明の商業施設「有明ガーデン」の3階にあるテスラカウンターにおもむき、説明を受け、カードキーを受け取るだけ。所要時間はわずか10分。カードキーは納車の際の開錠に必要だが、その後は、スマホが鍵代わりになるので、不要となる。花束が渡されるような納車式はないが、外国人スタッフに日本語で「おめでとうございます」と言われ、知人は満足の様子であった。修理やメンテナンス、車検はユーザーへの訪問修理か、全国数カ所のテスラのサービス拠点への持ち込みで対応する。
直販方式の普及で、全国の自動車ディーラーが消える日
この販売方法がもし、日本で消費者の間で浸透すると、トヨタの5000店をはじめ、全国のディーラーの存在意義が一気に問われることになる。これはかなり恐ろしいことだ。音楽・動画配信の普及やアマゾンの台頭で、全国のレコード店、ツタヤ、書店が次々に消えていったが、その流れは自動車業界にも及ぶのだろうか。
幸いにも、再生可能エネルギーや充電インフラの普及が欧米や中国に比べて遅れている日本では、値段の安いハイブリッド車が入手可能なこともあり、今すぐ、テスラが爆発的に売れることは考えにくい。ただ、それが、日本の自動車産業に中長期的にもたらすインパクトについては、経済人として頭の片隅にいれておくべきだ。
(稲留正英・編集部)