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教養・歴史 この人に聞きたい!未来への提言

世界の若者を引きつける「学ぶ価値」ある大学を目指す 早稲田大学総長・田中愛治さん

創刊100周年 編集長特別インタビュー/1
 日本の大学は、留学生数、研究力、イノベーション力などさまざまな点で、海外の一流大学に後れを取っているように見える。日本の大学は、生まれ変わることができるのか。私立大学を代表する早稲田大学の田中愛治総長に聞いた。(聞き手=秋本裕子・本誌編集長、構成=市川明代・編集部)

たなか・あいじ 1951年、東京都生まれ。75年、早稲田大学政治経済学部卒。85年、米オハイオ州立大学大学院修了、政治学博士。東洋英和女学院大学助教授、青山学院大学教授などを経て98年4月より早大政経学部教授。文部科学省中央教育審議会委員、世界政治学会会長などを歴任。2018年11月に総長就任、現在2期目。日本私立大学連盟会長、日本私立大学団体連合会会長、全私学連合代表。(撮影 中村琢磨)
たなか・あいじ 1951年、東京都生まれ。75年、早稲田大学政治経済学部卒。85年、米オハイオ州立大学大学院修了、政治学博士。東洋英和女学院大学助教授、青山学院大学教授などを経て98年4月より早大政経学部教授。文部科学省中央教育審議会委員、世界政治学会会長などを歴任。2018年11月に総長就任、現在2期目。日本私立大学連盟会長、日本私立大学団体連合会会長、全私学連合代表。(撮影 中村琢磨)

── 円安傾向が進むにしたがって、日本の国力低下も指摘されています。経済だけでなく、教育の世界でも、日本の大学が世界の一流大学にますます差を付けられるのではないかと懸念しますが、いかがでしょうか。

田中 確かに資金力がないと、優秀な先生を雇い、最新鋭の研究機器を購入することが難しくなります。いま苦労しているのは、海外の優秀な若手研究者をいかに獲得するかです。私が総長になる直前に、中国と韓国から3人の研究者を招致することになったのですが、1人は英大学評価機関が毎年公表している「QS世界大学ランキング」でアジア上位の大学へ行ってしまいました。向こうは給料が2倍で、授業負担が半分だそうです。それに対抗できる給与体系が必要だと実感しました。

資金力の向上は不可欠

田中 世界大学ランキングを見ると、大学の実力は資金力と相関関係があることが分かります。運用基金額が4・3兆円で世界トップの米ハーバード大学は(2021年の)世界大学ランキング3位、運用基金額3位の米スタンフォード大学は2位。現在、早稲田大学は運用基金額が約1500億円で、200位前後です。5000億円ぐらいまで増やさないと、世界の一流大学にはとても追いつけないと考えています。

 日本の私立大学は、国からの運営交付金で多くを賄っている国立大学と違い、ほぼ学費で成り立っています。例えば早稲田大学では、学費が収入全体の6割、国からの助成は1割に過ぎません。自助努力をしないと、とてもやっていけませんね。

── では、その資金力をどのように高める戦略ですか。

田中 早稲田大学はもともと非常に堅実な資金運用をしてきたのですが、私が総長に就任した18年から、これまでの寄付金等の資金を原資とする基金の運用益(利子)に限定してミドルハイリスク・ミドルハイリターンの長期運用を開始しました。これによって運用基金額は50年には3200億円になる計画です。資金運用の担当者は、金融機関から優秀な人材をヘッドハンティングしました。

── それだけでは目標には届きませんが、さらに考えていることは。

田中 まずは寄付を増やすことです。20年4月の新型コロナウイルス感染拡大に伴う政府の緊急事態宣言によって、アルバイトができなくなり、生活に困窮した学生も少なくありませんでした。そこで1人10万円の緊急支援金の給付を決め、卒業生らに寄付を1人1口1万円で募ると、10日間で1億円、1年間でおおむね10億円が集まりました。これは早稲田大学史上、最速のペースです。後輩が困っているというのなら何とかしたい、という卒業生からの温かいメッセージだと感じました。

 もう一つ、22年4月に早稲田大学初のベンチャーキャピタル(VC)を創設しました。理工系の研究成果を生かしたベンチャーへの投資を目的とするVCで、優れたベンチャーキャピタリストを招き、既に量子コンピューターの会社に2億円、ダイヤモンド半導体デバイスの会社に1億円を出資しています。こうした企業が利益をあげるようになると、長い目で見ると大学にもロイヤルティー(対価)が入ってきます。

── 世界中の大学が優秀な学生の争奪戦を繰り広げています。学生獲得も、資金力がないと難しいのではないですか。

田中 資金力がないと、優秀な学生が入ってこないかというと、決してそうとは思いません。学生たちは「この大学で学べば、学んだ効果が得られる」と思えば入ってきます。世界で活躍できる人材を集め、輩出するために重要なのは、いかに効果的な教育をするかではないでしょうか。

── 海外からの学生は、どの程度まで増やす考えですか。

田中 新型コロナの感染拡大が始まる前の19年に早稲田で学んだ留学生は約8500人でした。今後は、1年間を通して早稲田で学ぶ学生を最低でも1万人にしたいと思っています。現在、早稲田の学生が約5万人なので、このうち20%ぐらいを海外からの学生が占めるぐらいにしたいですね。

授業は英語と日本語で

── 日本で学んだ学生たちに、いかに日本に残ってもらうかという課題もありますね。

田中 12年は18歳人口が120万人、進学率50%でおよそ60万人が大学入学を希望しましたが、これが50年には40万人まで縮小する計算になります。40万人では国際競争にはとても勝てません。だから、海外から優秀な学生に数多く来てもらって、更に日本に残ってもらう必要があります。

 そのために考えていることはまず、外国から来た学生が英語で物理学や歴史学や政治学など自分の専門科目を学んで、学位を取れるようにします。日本に残ってもらうためには、3、4年次に今度はこれらの自分の専門科目を日本語でも学んでもらうようにしたいです。一方で、日本人学生は、最初の1年は日本語で授業を受けるわけですが、3、4年次は英語で学ぶようになってもらいたい。互いにそのように学べば、一緒に勉強できるようになり、ダイバーシティー(多様性)も広がるでしょう。

 教員も、例えば政治経済学部では15年以降は、英語で研究報告と授業ができる人材のみを採用しています。日本語でしか研究報告や授業ができない人は採用していません。

── 国が創設した10兆円規模の大学ファンド(基金)の資金が分配される「国際卓越研究大学」に、早稲田大学も名乗りを上げています。これも国際競争力を高めるための方策ですね。

田中総長は「世界で輝くWASEDAを目指す」と語る(早稲田大学提供)
田中総長は「世界で輝くWASEDAを目指す」と語る(早稲田大学提供)

田中 大学ファンド創設は、日本の大学の研究力を高めなければ、世界との競争に取り残されるという国の危機意識の表れでしょう。国際卓越研究大学に認定されるには、他の論文に引用される頻度の高い論文を一定程度発表していること、実効性が高く意欲的な事業・財務戦略を立てていることなど、厳しい条件をクリアしなければなりません。

 優秀な研究者に高い給与を支払うためには、やはりどうしても国際卓越研究大学の認定を受けなければなりません。早稲田はこの枠組みが作られる前から、改革を重ねてきました。「世界で輝くWASEDA」の実現を目指す以上、超えなければいけないものだと思っています。

── 東京医科歯科大学と東京工業大学が昨年、統合方針を発表したのをはじめ、最近は大学の統合の動きが相次いでいます。早稲田大学も日本医科大学との連携を進めていますが、その狙いはどういうところにあるのでしょう。

田中 医学はもう医学博士だけでは成り立ちません。工学博士と理学博士の力がないと研究も進まないし、適切な診療もできないといわれています。早稲田大学には理工学部がありますので、日本医科大学の医学博士と早稲田の理学博士や工学博士が連携すれば、日本の医療の在り方を抜本的に改革できます。そのことの意義が大きいと考えています。

 日本医科大学とは19年から話し合いを始め、まず22年から早稲田の付属・系属校の高等部3校から計6人を推薦入試で入れるという合意が20年7月にできました。私立医大の学生は通常、英語、数学、理科の3教科を受験して入学しますが、早稲田の高等部から推薦で入ってくるのはオールラウンドに勉強しているトップクラスの学生なので、医学部生として期待できると言っていただいています。

 また、患者のデータを早稲田の理工学部の教授と日本医科大学の教授が共同で分析すれば、非常にインパクト・ファクター(学術誌のランクを示す指標)の高い学術誌に研究成果を発表できるようになるでしょう。その意味では、日本医科大学にも早稲田にとってもウィンウィンの関係になります。

正解を探そうとする日本

── 田中総長は従来から、日本の入試の問題点を指摘してきました。何が問題ですか。

田中 第二次世界大戦後、日本は欧米、特に米国に追いつくことを目標としてきました。モデルが明確で正解があり、その方法で右肩上がりに成長してきました。その中で生まれたのが「受験戦争」です。答えのある問題をいかに速く、正確に解くかを競う受験戦争で勝ち抜いた人が、優秀だとされてきました。

 それが徐々に、社会で働いてコンピテンス(成果を発揮する能力・行動特性)を発揮する力と、例えば米国なら全国共通試験の「SAT」で満点を取ること、日本なら偏差値が高いこと、というのは、相関関係が低いと分かってきました。つまり日本は、コンピテンシーを高める教育とは全く異なることをしてきたわけです。

 バブル崩壊後、1990年代になってようやく文部科学省は「問題解決型」「問題発見型」と言うようになりました。本来なら、バブル崩壊前、日本が米国に貿易戦争で勝った時に、「これからは海図のない航海に出るのだ」と私たち全員が気づかなくてはならなかったと思っています。ただ、「問題解決型」と言い始めて30年たっても、日本人は日本の教育をどうするかということを見いだせていないように思われます。米国に追いつくことに代わる次の「答え」を探しているからで、自分自身で考えずに正解を探しても、今後の教育の方向性の答えは見つかるはずがないのです。

── 現行の入試制度が文系・理系に分かれていることの弊害も指摘していますね。

田中 日本では中高生になると、自分は「文系だ」「理系だ」という言い方をするようになりますよね。国立大学への進学を目指していても、文系志望者は「理科は物理と化学の両方は要らない」と言って片方を捨ててしまう。理系志望者は「社会は1科目でいいから日本史だけにしよう」とか「地理にしよう」となります。そういう勉強の仕方を戦後70年間やってきました。

 経団連(日本経済団体連合会)加盟の大企業トップの方々とお話ししても、皆さんが「自分は文系だ」「理系だ」ということを意識していると感じます。海外だと、「ディグリー(学位)は文学だった」「物理学だった」ということは言ったとしても、自分が文系か理系かはあまり意識していない。日本だけがずっと文系・理系を分けていて、これが日本を駄目にしているのではないかと思います。

── 早稲田大学では文系学生もデータ科学を学ぶそうですね。

田中 あるメーカーの人事統括の執行役員がこんなことを言っていました。「文系社員に対してOJT(オン・ザ・ジョブトレーニング)で、エビデンスベースでプレゼンテーションができるように訓練しているが、ちゃんとできるようになる頃にはもう38歳になっている。38歳は欧米だとCEO(最高経営責任者)が出てくるような年齢。それじゃ遅すぎる」と。

 早稲田大学では文系の学生6000人が数学の入門とデータ科学入門を履修しています。エビデンスベースで議論するための基礎を学んでいるのです。

早稲田大学政治経済学部では、一般入試の受験者に大学入学共通テストを課している(写真は共通テストの試験会場となった東京大学で撮影)
早稲田大学政治経済学部では、一般入試の受験者に大学入学共通テストを課している(写真は共通テストの試験会場となった東京大学で撮影)

── 政治経済学部の入試で数学を必須にしたことでも話題になりました。同じ理由からですね。

田中 「入試に数学を課した」という分かりやすい点が話題に上りますが、実はそれだけではありません。入試に指定した科目では大学入学共通テストを取り入れて基礎学力を見るために活用しました。大学入学共通テストの後の2月20日の一般入試では、長文の英語や日本語を読ませて、要約をさせたり解決策を考えさせたりする試験を課し、政治経済学部で学ぶのに必要な考え方を身につけているかを判断する試験にしています。

 私立大学は入試の日程が早く、関西の大学の多くでは2月1日には入試が始まっています。私立大学が、共通テストを基礎学力を判定するための1次試験の代わりに使えるようにするためには、試験日程を1月中旬ではなく12月にするなど検討してほしいですね。

ガバナンスの主役は学生

── 日本大学の背任事件によって、大学のガバナンスが注目されています。どのように考えますか。

田中 21年12月に文科省の「学校法人のガバナンスに関する有識者会議」が「(学校法人の)評議員会を最高監督・議決機関にする」という改革案を示し、その後修正されましたが、私はこの当初案に猛反対しました。評議員は外部の人間で構成される場合が多く、そこが最高決定権を持ってしまうと、例えば世間ではやっているような論調に引っ張られてしまい、後々にツケが回ってきます。例えば米国では、トランプ前大統領が米疾病対策センター(CDC)の予算を削減した後に、コロナのパンデミック(感染大爆発)が発生しました。その時々の世論に流されず、人類にとって何が真に大切かを考えるのが学問のはずです。

 やはり、評議員会と理事会は対等で、お互いに協力して動くのがベストでしょう。大学運営についてよく分かっている学内者を中心とする理事会が、教育方針や予算配分を決定し、評議員会は大所高所からアドバイスする。理事会が暴走したら、監事がチェック機能を果たし、最終的には評議員が理事を解任できるようにするのが良い形だと思います。

 改革会議に出てがくぜんとしたのは、「学生」という言葉が全く入っていなかったことです。私立大学にとって最も重要なステークホルダーは学生であり、またその保護者です。学生が満足するか、という視点が欠かせないと思います。

── 最後に、田中総長が将来的に目指す大学の姿とはどんなものですか。

田中 早稲田大学は40年までに、日本で最も学ぶ価値がある大学、世界で活躍するのに最も効果的だと思われる大学になるという目標を立てています。50年には、アジアで最も学ぶ価値のある大学、効果の高い大学になります。50年というと、今の大学4年生が大体50歳になる頃です。決して実現不可能な夢ではないと思っています。

 ただ、これは偏差値で東大や京大を抜くという意味ではないし、東大や京大にノーベル賞の数で勝てるとも思っていません。目指しているのは、企業のトップになるとか国連や外資系の大企業で活躍するとか、そうした人材を育成することだけではない。例えば、小さな町村の長になるのでもいいし、NPOのリーダーになる、地方新聞の敏腕記者になる、というのでもいいのです。グローバルな視野を持って、社会のために活躍する人間になるのなら、東大より早稲田で学ぶ方が意味がある、そういう大学でありたいと考えています。


 創刊100周年編集長特別インタビューは、不定期で掲載します


週刊エコノミスト2023年3月7日号掲載

<創刊100周年 編集長特別インタビュー>

この人に聞きたい!未来への提言/1 早稲田大学総長 田中愛治さん 世界の若者を引きつける「学ぶ価値」ある大学を目指す

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