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トランプ前大統領を起訴でこれから起きること(上) なぜ起訴に至ったのか 中岡望

米テキサス州ウェーコで開かれた選挙イベントで演説するトランプ前大統領 Bloomberg
米テキサス州ウェーコで開かれた選挙イベントで演説するトランプ前大統領 Bloomberg

米ニューヨーク州の大陪審は3月30日、共和党のドナルド・トランプ前大統領を起訴すると決めた。過去2度の弾劾裁判を乗り切ったトランプ氏はニューヨークの裁判所で有罪判決を受ける可能性が出てきた。大陪審はトランプ氏の起訴をなぜ決めたのか。また、起訴は共和党の大統領予備選挙にどのような影響を及ぼすのかを考える。

 日本と米国では司法制度が異なる。大陪審制度は日本にはない。大陪審の陪審員は一般市民から選ばれる。米憲法修正第5条は「何人も大陪審による告発または正式な起訴によるものでなければ、死刑を科しうる罪、その他の破廉恥罪につき公訴を提起されることはない」と規定している。

 大陪審は起訴の正当性を検討する役割を果たす。検察から提出された資料や証拠、証人喚問を通して得られた証言をもとに、起訴すべき正当な理由があるかを判断する。大陪審は非公開で、被告人や被告人の弁護士は大陪審の審理に参加できない。検事が一方的に証拠を提出し、証人を召喚する。

 大陪審が起訴相当と認めた時、「起訴状」を作成して、裁判所に送付する。起訴状を受け取った判事は、被告人に対して起訴状に記載されている罪状について認否確認を行う。90%の被告人は罪状を認め、検察と弁護士の間で「司法取引(plea bargain)」が行われ、実質的に刑が確定する。残りの10%が認否確認で起訴内容を否認し、裁判所での審理が行われる。

 起訴が決定すると、被告人に通告される。だが、この時点では被告人には具体的な罪状は知らされない。今回のトランプ氏の起訴も、現時点では罪状は明確ではない。起訴内容は4月4日(現地時間)にトランプ氏出席のもとで判事が起訴状を読み上げて初めて明らかになる。その後、裁判官はトランプ氏に罪状否認を求めることになる。

元顧問弁護士はすでに有罪

 多くのメディアは、訴因は2016年にトランプ氏がポルノ女優のストーミー・ダニエルズさんに対して、大統領選挙中であるため不倫行為を口外しない条件として払った“口止め料(hush money)”だと指摘している。

 トランプ氏の元顧問弁護士のマイケル・コーエン氏は、ダニエルズさんの件にかかわったとして有罪判決を受け、刑に服し、既に出所している。コーエン氏に有罪判決が下されたのは18年で、それがなぜ今になって再び問題になるのか。米国の法律の専門家は、口止め料の支払いは道徳的な問題はあるが、法律に反するものではないと指摘している。

トランプ前大統領の起訴後、ニューヨークの刑事裁判所近くに多くのメディアが集まる Bloomberg
トランプ前大統領の起訴後、ニューヨークの刑事裁判所近くに多くのメディアが集まる Bloomberg

 コーエン氏はトランプ氏の意向を受け、16年10月にダニエルズさんに13万ドルのお金を渡した。大統領に就任したトランプ氏は、コーエン氏に毎月3万5000ドルの小切手を渡している。小切手にはトランプ氏自身が署名していた。その支払いは、トランプ氏が保有する不動産会社トランプ・オーガニゼーションが実在しない弁護士委託契約という名目で経費として計上していたことが明らかになった。

 この支払いの“虚偽”の会計計上は、ニューヨーク州の法律に違反している。ニューヨーク州の刑法175条は、事業記録の改ざんは刑法の対象になると規定している。刑罰は「保護観察」「社会奉仕」「投獄」まて幅広く規定されている。同じ改ざんでも最も軽い「クラスA」の犯罪であれば、最高1000ドルの罰金と最長1年の懲役刑となる。だが最高の「クラスE」の犯罪と認定されれば、裁判所が決めた額の罰金に加え、最長4年の懲役刑が課せられる。通常の事業の改ざんは軽犯罪であるが、他の犯罪を隠すために改ざんしたと認定されると重罪になる。

なぜトランプ氏はこれまで起訴されなかったのか

 ニューヨーク・マンハッタン地区のアルビン・ブラッグ地方検事が着目したのは、ダニエルズさんに対する口止め料の支払いそのものではなく、コーエン氏に対する支払いがトランプ氏の会社で“虚偽の会計処理”されている疑惑が出てきたことである。さらに検事が注目しているのは、トランプ氏のコーン氏への支払いが選挙資金法に違反する可能性があることだ。日本のメディアの多くは口止め料が違法であり、これがトランプ氏の起訴理由であるかのように報道しているが、それは正確ではない。

 トランプ氏はダニエルズさんとの不倫行為は否定している。さらにコーエン氏に対する支払いは認めているが、この支払いはコーエン氏の恐喝によるもので、自分は「恐喝の被害者(victim of extortion)」であると主張している。トランプ氏の現在の顧問弁護士も、コーエン氏への支払いが脅迫によるものであれば、選挙資金法とは無関係であると主張しいう主張を展開している。

 マンハッタン地区検察当局は、バイデン大統領が大統領就任宣誓を行う直前の2021年1月にトランプ氏の起訴を検討したが、最終的に断念している。検察当局は不起訴起訴の理由を明らかにしていないが、コーエン氏の全面的な協力が得られないためにトランプ氏を起訴するために必要な事実を明らかにできないと判断したことが大きな理由と考えられている。

再浮上したトランプ前大統領の起訴

 トランプ氏の起訴は消えたかに思われた。2022年1月にマンハッタン地区地方検事に就任したブラッグ地方検事は前任者の決定を引き継ぎ、トランプ氏を起訴しないと決定していた。

 だが、これに対して市民やメディアの激しい批判が起きたため、「捜査は終わっていない」と態度を変えた。そして前任者が集めていた膨大な資料の再検証が始まった。7月にブラッグ地方検事は新たに数人の検事に調査を命じた。同時に司法省から経験豊富な弁護士を引き抜き、調査チームの指揮を取らせた。ただ、この時点で調査チームは明確な方向性を持っていたわけではなかった。多くの証人を喚問したが、成果は上がらなかった。調査チームはいくつかのグループに分かれ、トランプ氏の財務問題から口止め料問題など広範な疑惑に焦点を当てて、それぞれ調査を継続した。

米ニューヨークのトランプタワー Bloomberg
米ニューヨークのトランプタワー Bloomberg

 マンハッタン地方検事事務所は2023年1月末から大陪審に、トランプ前大統領が16年の大統領選挙中にダニエルズさんへの口止め料支払いに関わっていた証拠の提供を始めた。

 大陪審も検察が準備した証人の聴取を本格的に始めた。最初の証人は、トランプ氏とダニエルズさんの不倫を最初に報道した雑誌『ナショナル・インクワイア―』の元発行人のデビッド・ペッカー氏であった。その後、調査チームは多くの証人から事情聴取を行い、証言を積み上げていった。調査のポイントは、口止め料の支払いとトランプ氏の会社の不正経理を結び付ける接点を明らかにすることであった。単に口止め料を払ったというだけでは起訴に持ち込めない。

 またトランプ氏を起訴するには時間的な制約もあった。大陪審の全陪審員の任期が4月に切れるため、それまでに起訴に持ち込む必要があった。そうでないと、新しく選ばれた陪審員による大陪審で最初からやり直さなければならない。それまでに大陪審でトランプ氏の起訴を決める必要があった。

 調査チームは口止め料支払い問題を突破口と判断し、この問題に直接か関わり、有罪判決を受け、刑に服しているコーエン氏と接触した。コーエン氏はこの問題の当事者でもあり、内部事情を最も詳しく知る人物である。コーエン氏の証言がトランプ起訴に決定的な意味合いを持っていたのだ。

 調査チームはコーエン氏と繰り返し接触し、同氏から協力を得ることで合意した。コーエン氏はかつてトランプ氏の腹心であったが、現在では敵対的な関係にある。コーエン氏は調査チームの要請を受け、口止め料の関連書類や電話記録を提出した。

 調査チームはコーエン氏が提供した資料を精査し、その証拠を大陪審に提供した。同時にダニエルズさんの弁護士やトランプ氏の会社の元従業員など多くの証人が大陪審で証言した。3月にはコーエン氏も大陪審で2度証言を行った。

 3月初め、ブラッグ検事はトランプ氏の弁護士団にトランプ氏の起訴が迫っている旨を伝えた。検事がこうした行動を取ることは異例であったが、ニューヨーク州では被告になる可能性のある人物は、起訴される前に大陪審で陪審員の質問に答える権利を与えている。

 弁護団から連絡を受けたトランプ氏は大陪審で証言する代わりに、自分のSNS上で「2週間後に自分が逮捕される」との情報を発信し、「(自分が起訴されれば)死と破壊がもたらされる」と、世論を煽った。このメッセージによってトランプ氏起訴問題が一気にメディアの注目を集めることになったのである。

 後編では、今回の問題についてのメディアの報じ方や大統領選の行方について考える。

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