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トランプ前大統領を起訴でこれから起きること(下) 逆に支持率を上げた理由 中岡望

米テキサス州ウェーコで開かれた選挙イベントに到着したトランプ前大統領 Bloomberg
米テキサス州ウェーコで開かれた選挙イベントに到着したトランプ前大統領 Bloomberg

起訴に対して激しく反論したトランプ前大統領。この問題についてメディアはどのように論じたのか。また今後の大統領選にどのような影響があるのかを考える。

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トランプ前大統領は罪状認否で否認へ

 トランプ前大統領が起訴されることを最初に報道したのは3月30日付の『ニューヨーク・タイムズ』で、大陪審で投票が行われてトランプ前大統領の起訴が決まったと報じた。起訴が決定した事実はトランプ前大統領の顧問弁護士に通知され、4月4日(現地時間)、トランプ氏はマンハッタン刑事裁判所に出頭して罪状認否を行うことが決まった。

 裁判所では、ブラッグ地方検事が判事に対して、封印された起訴状を開封することを求め、判事が起訴状を読み上げる。それに続いてトランプ氏に起訴内容の認否確認を求めることになる。ちなみに罪状認否が行われる裁判を担当する判事はジュアン・メルチャン州最高裁判事で、昨年トランプ氏の会社の脱税問題で有罪判決をくだした人物である。トランプ氏は判事を「私を憎んでいる」と攻撃している。

 トランプ氏が罪状を認めれば、有罪が確定し、裁判での審理は行われず、判決手続きが行われる。ただ、トランプ氏が罪状を否認するのは間違いない。裁判所は罪状否認を受け、審理の手続きや日程を決定することになる。問題は、容疑事実を否定した時点でトランプ氏が収監されるかどうか、手錠を掛けられるかどうかである。極めてセンセーショナルな事態が起きる可能性もある。

 トランプ氏の顧問弁護士は、トランプ氏は自らの意思で裁判所に出頭するので、罪状認否が終われば、次の裁判日程を決めて、釈放されることになると説明している。もし逮捕された場合は警察署の拘置所に入れられることになる。ただ現状では、どのような扱いになるかは不明である。

 裁判の審理が始まる前に、トランプ氏の弁護団は被告人に不利となる証拠や証言を除外する申し立てを行うだろう。また、あらゆる手段を講じて審理の開始を遅らせようとするだろう。専門家は、実際の審理が始まり、結審するまでには長い時間がかかるだろうと指摘している。

起訴を巡るメディアの賛成論と反対論

 起訴が明らかになったとき、トランプ氏は非常に長い声明を出している。以下は、その声明の中のいくつかの文章である。「これは(起訴)は歴史上最も高い水準での“政治的な起訴”であり、“選挙干渉”である」「過激な民主党左派は(私の)“MAGA(Make America Great Again)運動を破壊するために“魔女狩り”を行ってきた」「民主党は信じられないことを行った。それは最も露骨な選挙干渉という形で完全に無実な人物を起訴したのである(注:大統領選挙で勝つために自分を起訴したと主張している)」「民主党は政敵を罰するために司法制度を武器として使った」「(投資家の)ジョージ・ソロスが自ら選び、資金を提供して検事に当選させたマンハッタン地区のアルビン・ブラッグ地方検事は不名誉な人物である(注:ソロス氏はブラッグ検事の名前も聞いたことがないと反論)」「私は魔女狩りはジョー・バイデンに大きなしっぺ返しを加えることになると信じている」「私たちのMAGA運動、私たちの共和党は一致団結し、強力であり、最初にアルビン・ブラッグを、次にジョー・バイデンを打ち負かすだろう」などとし、起訴は大統領選挙を妨害するためであり、政治的な魔女狩りであると、ブラッグ地方検事と民主党を激しく批判した。

トランプ前大統領の熱烈な支持者(米フロリダ州パームビーチのマーアラーゴ近くで) Bloomberg
トランプ前大統領の熱烈な支持者(米フロリダ州パームビーチのマーアラーゴ近くで) Bloomberg

 メディアの評価もさまざまである。英『エコノミスト』は「ダニエルズ問題でトランプを起訴するのは間違いのように思える」と題する社説を掲載し、「トランプは検事の犠牲となった」と指摘している。保守派の『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、トランプ起訴は「アメリカにとって暗い日であり、予測不可能で、おそらく破壊的な政治的分裂をもたらす」とし、さらに「7年前に起訴しなかった事件を復活させた」と、ブラッグ地方検事の手法を批判している。リベラル派の『ワシントン・ポスト』も「トランプ起訴は元大統領を起訴する稚拙なテストである」と題する批判的な社説を掲げている。トランプ氏は他にも多くの重要な問題を抱えており、その中で口止め料の支払いで起訴するのは説得力が欠けるとも指摘している。

 これに対して肯定派の『ニューヨーク・タイムズ』は「トランプは法律を超越しない」と題する社説を掲載し、ニューヨークでの起訴に留まらず、「元大統領が刑事訴追に直面する状況は喜ぶべきものではない。トランプ氏の行動は、世界で最も古い民主主義に恥をもたらし、将来を不安定にした。法の前の正義でさえ、その汚れを消すことはできない。トランプ氏を起訴しても、南北戦争以来のアメリカの民主主義の最大の危機につながった構造的な問題を解決できるわけではない。しかし、(トランプ氏の起訴は)そうするための必要な第1歩である」と、他に多くの問題が残されているが、トランプ氏の起訴に踏み切ったことを評価している。

 同じく肯定派の『ボストン・グローブ』は、「アメリカにとって悲しいことだが、必要なことだ」と指摘している。続けて「ブラッグ氏は、誰も法律を越えることはできないという原則に生命を吹き込んだ」と評価している。『マイアミ・タイムズ』は、今回のトランプ氏の起訴で「他の検事たち勇気を持ってトランプ氏を告発できるようになった」と、他の事件でもトランプ起訴の動きが出てくることを期待している。さらに「トランプ起訴は我が国にとって恐るべきことだが、もし十分な証拠があるのなら、起訴することは正しいことである」と指摘している。

アメリカにはさらに大きな亀裂

 ここで批判派の理論を紹介しておく。保守派の雑誌『ナショナル・リビュー』の社説である(2023年3月31日、“The Reckless Trump Indictment”)。社説は次のような理論を展開している。まず、口止め料の支払いは道徳的問題ではあるが、犯罪ではない。会計上の改ざんは基本的に「軽犯罪」である。ただ他の目的のために行った場合、「重罪」になる可能性がある。トランプ起訴では、選挙資金法違反を想定している。

 だが、それはまだ証明されていない。選挙資金法違反は連邦法によって裁かれるものである。さらに時効の問題も残っている。証人のコーエン氏とダニエルズさんの証言の信ぴょう性にも問題がある。さらにブラッグ地方検事は検事選挙の際、トランプ起訴を公約に掲げていた。今回の起訴は、公約に沿ったものである。そして、この起訴はブラッグ地方検事の「政治的野心」を実現するために行われたと、厳しい指摘をしている。

 賛否両論あるが、確かなことが一つある。それはトランプ起訴で既に分裂しているアメリカにさらに大きな亀裂が生じるということである。こうしたことに対する配慮か、バイデン大統領とホワイトハウスは沈黙を守っている。

起訴でトランプ氏の支持率は逆に高まる

 トランプ起訴によって大統領選挙の動向が注目されている。まずトランプ氏が大統領選挙を継続することができるかどうかである。共和党のエイサ・ハッチンソン元アーカンソー州知事は、トランプ氏は共和党の大統領予備選挙を辞退すべきだと主張している。トランプ氏は、2月24日にフロリダ州オーランドで開催されたConservative Political Action Conference(保守派政治活動会議)に出席し、「起訴されても大統領選挙の出馬をやめるつもりはない」と語っている。

トランプ前大統領が使うプライベートジェット機(米フロリダ州のパームビーチ国際空港で) Bloomberg
トランプ前大統領が使うプライベートジェット機(米フロリダ州のパームビーチ国際空港で) Bloomberg

 では法的に立候補は可能なのか。憲法には明確な規定はない。起訴中でも、服役中でも大統領選挙に立候補することは可能である。過去に例がある。2016年、権力の乱用で起訴されていたリック・ペリー元テキサス州知事は落選したが、大統領選挙に立候補している。また1920年に服役中だった労働運動活動家のユージーン・デブス氏はアメリカ社会党の候補者として大統領選挙に立候補している。トランプ支持派は「大統領は法廷ではなく、投票によって決まる」と、大統領選出馬に問題はないと主張している。ただ、大統領選挙で勝利しても裁判が継続する事態になれば、複雑な問題が起こるだろう。大統領に就任したからといって、免責になるわけではない。

 トランプ氏は共和党の予備選挙を勝ち抜いて、共和党の正式な候補者になれるのだろうか。結論から言えば、皮肉な話だが、起訴によってその可能性は高まった。トランプ氏がSNSで「自分が逮捕される」と書いてから3日の間で1500万ドルの選挙資金が集まっている。これはSNS発信前の2倍のペースである。起訴が決まった後も選挙資金は増え続けている。

 起訴が明らかになった後に、インターネットベースによる市場調査およびデータ分析会社のYouGovが世論調査を行っている。それによると、トランプ氏の支持率は52%で、最大の競争相手とみられる2位のデサンティス・フロリダ州知事の21%を大きく引き離している。3位のニッキー・ヘイリー元国連大使の支持率はわずか5%、ペンス元副大統領は3%に過ぎなかった。トランプ起訴はトランプ氏の共和党内での支持率を高める役割を果たしたといえる。

 起訴が決まると、共和党議員は一斉にトランプ氏を擁護する発言を繰り返している。デサンティス知事もトランプ氏支持を明らかにし、フロリダ州はフロリダに住むトランプ氏引き渡しの要求があっても拒否すると発言している。共和党支持者の間ではトランプ氏を守るために一致団結をしようという雰囲気が高まっている。他方、トランプ氏は自分が“犠牲者”であると振る舞うことで、より多くの支持を得ることができると考えている。先の保守派の会議に出席したトランプ氏は「起訴されれば支持率は高まる」と語っていた。こうした状況の下で、他の大統領候補者や立候補予定者は、真正面からトランプ批判を展開するのは難しいだろう。

 ただ、いずれにせよ、4月4日(現地時間)に公表が予定される起訴状の内容いかんで、トランプ氏を取り巻く雰囲気は変わっていくことになるのではないか。

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