日本の消費者・労働者は値上げを歓迎すべきではないか 齊藤誠
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日本経済の処方箋/14 輸入価格の上昇に比べて値上げを圧縮した部分は、国内の消費者や企業だけでなく、日本から輸出された製品を購入する海外の消費者や企業にもメリットとなる。
タイトルを目にした読者は、企業側を擁護する理不尽なプロパガンダと思うにちがいない。そこを我慢して最後まで読んでほしい。
原油をはじめとした1次産品の国際価格は、2020年ごろから上昇し始めた。そこに急激な円安が重なった。
消費者や労働者は、輸入コスト増による財やサービスの値上げを嫌悪した。企業も、値上げ幅を縮小する努力をした。政府も、消費者の反感を恐れて巨額の補助金を投じて値上げ幅を小さくしようとした。その結果、円換算した輸入価格の上昇に比べて消費者物価や企業物価の上昇は小幅にとどまった。
「所得漏出」に気づこう
国民経済計算によると、輸入価格(輸入デフレーター)に対する消費者物価(民間消費デフレーター)の比率は、20年第2四半期の120%から22年第4四半期の79%に低下した。
輸入価格の上昇に比べて国内製品価格の上昇を抑えることは、企業が利潤を我慢して消費者の利益をできるだけ保護する経済行為と解釈されている。そこに、政府が企業に補助金を給付することで企業の我慢をある程度和らげる。
こうして見てくると、値上げ幅の調整は、政府が介入しつつも、消費者と企業の間で輸入コスト増の分担をしていることになる。要するに、消費者と企業の間のゼロサムゲームである。
このような解釈では、消費者や企業が国内の主体であることが当然のように想定されている。しかし、日本で生産された製品は、海外に輸出されることにも配慮する必要がある。輸入コスト増は、国内の消費者や企業の間だけでなく、海外の消費者や企業とも分担される。
裏を返すと、輸入価格の上昇に比して値上げを圧縮した部分、すなわち、国内の企業が犠牲を払った部分は、国内の消費者だけでなく、日本から輸出された製品を購入する海外の消費者や企業にもメリットとなる。
しかし、海外の日本製品の購入者にもメリットが及んでしまえば、日本経済から見ると、国内企業が払った犠牲の一部が海外に持ち出しになってしまう。経済学では、海外への持ち出し分は所得漏出と呼ばれている。
国内の企業が値上げ抑制で払った犠牲のすべてが、国内消費者のメリットになれば、日本経済で企業と消費者の間のゼロサムゲームが行われている。しかし、値上げが抑制され海外への所得漏出が生じると、国内の企業と消費者のコスト分担は、ネガティブサムとなる。
こうした企業の犠牲分が海外に持ち出されるのを防ごうと思えば、輸入価格の上昇をちょうど相殺するように輸出価格を引き上げればよい。すなわち、日本製品の国内購入者(消費者)にも、海外購入者にも、輸入コスト増を100%負担してもらうのである。
ここまで読んでくれた読者は、「国内消費者の負担が大きすぎる」と反論するにちがいない。企業関係の読者であれば、「輸出価格引き上げで輸出が停滞する」と懸念するだろう。
最初の反論から考えてみよう。値上げを反映して拡大した企業の売り上げは、中間投入費を引いた上で、企業利潤だけでなく賃金として労働者にも分配される。輸入コスト増を100%反映して国内製品価格を値上げし、売り上げが値上げ率と同率で拡大すれば、国内製品値上げに見合って賃金を引き上げることができる。実質賃金も確保される。
ところが、企業が犠牲を払って値上げを抑制すると、犠牲の一部が海外への持ち出しとなる。その分、賃上げが国内価格上昇分をカバーできなくなり、実質賃金が低下する。
実は、先進国…
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週刊エコノミスト
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