中国仲介でイランとサウジアラビアが電撃的に関係修復――中東は米中綱引きの最前線に
外交関係を2016年以来断絶していたサウジアラビアとイランが3月10日、中国の仲介で関係修復に合意したというニュースが世界中で電撃的に報じられた。両国の間にある「ペルシャ湾」の周辺諸国からの米軍撤退や、逆に中国の進出、そして20年以上続くイランの核開発問題の深刻化など、ペルシャ湾地域の情勢は今、急速に動いている。ペルシャ湾地域が新たな米中競争の舞台となりつつあるばかりでなく、ペルシャ湾地域の国々の複雑な思惑と利害も絡み合い、緊張が高まる。
中国は新たなパトロン
イランは、ペルシャ湾地域で最大の人口(8300万人)と国土(164万平方㌔、日本の約4・4倍)を誇り、世界第9位の原油生産国(1日あたり391万バレル)でもある大国だ。しかし1979年に親米の王制がイスラム革命で倒れ、イラン型イスラム原理主義に基づく神権政治体制が始まると、米国大使館人質事件や域内情勢への介入問題などから、近隣諸国のみならず米国や欧州諸国との対立・緊張が続いている。
長年、ペルシャ湾地域は米国にとって重要なエネルギーの供給元だった。だが、「シェール革命」で米国が世界有数の原油、天然ガス生産国になると、米国にとって重要性は低下した。21年のアフガニスタン撤退に象徴されるが、米国はこの地域から米軍を撤退させ始めている。これまでイランの勢力拡張や、イスラム過激主義テロの脅威に対し、サウジアラビアをはじめとした湾岸協力会議(GCC)を構成するペルシャ湾岸のアラブ産油国6カ国は、米国の軍事的傘に依存してきた。米国の関与が低下する中、米国の代わりの「パトロン」を探さざるを得なくなった。そこを突いたのが中国だ。中国の習近平国家主席が昨年12月、中国・GCCサミットに参加し、一方で2月にはイランのライシ大統領が中国を訪問したように、中国がこの「力の空白」を埋める動きを見せている。ペルシャ湾地域は中国にとっても、原油輸入の約50%を占める重要地域なのだ。
元々、イスラム教スンニ派のリーダーを自認するサウジアラビアと、イスラム教シーア派でイラン型イスラム革命を信奉する大国イランとは、そりが合わない。世間では「中国の仲介」に焦点が当たるが、今回の関係修復はイラン・サウジアラビア両国(それぞれ)の思惑によるところが大きいと思われる。
イエメン内戦問題でお互いに得る利益
両国は、イエメンの内戦で敵対勢力をそれぞれ支援してきた経緯がある。
そこでまずサウジアラビアをみると、同国は15年からイエメンの正統政府を支援し、同国の内戦に介入してきた。一方でイランから支援を受けるイエメンの反政府派「フーシ」は、サウジアラビア本国の空港や石油関連施設にミサイルやドローンで繰り返し報復して死傷者や施設への被害が生じてきた。
困ったサウジアラビアは、内戦介入から手を引きたいが、フーシやその後ろ盾のイランと、これ以上サウジアラビアを攻撃しないように話を付ける必要があった。近々、フーシとの和解が成立するともいわれており、今回のイランとの関係回復は、サウジアラビアがイエメン内戦から撤退する取引の一環と想像される。
ではイランは、何を得たのか、といえば、イランの核開発問題と関係があると想像される。
イランと長年対立関係にあるのが、西に千数百㌔行った先のイスラエルだ。そのイスラエルは、イランが核兵器を開発しているとみなし、イランがイスラエルに核攻撃することを恐れてイランの核科学者暗殺などの妨害工作を幾度となく繰り返してきた。しかし、イランの核開発を阻止できていない。そこでイスラエルは、「千数百㌔先の目標を空爆する」という技術的困難さから避けてきた、イランの核施設直接空爆を、なんとかして実行する可能性が高まっているといわれている。
そして、その直接空爆成功の鍵となるのが、イラン―イスラエル間に位置する国々だ。空爆には最低限、サウジアラビアなどイランの近隣諸国の領空通過の黙認が必要だが、今回のイラン・サウジアラビアの和解によって、空爆が一層困難になったのではないか。
イスラエルとの攻防
イランの核開発問題とは、2002年から続く「イランが極秘裏に核兵器開発しているのではないか」という疑惑で、15年に西側主要国とイランとの間でイラン核合意が結ばれ、事態は一度沈静化した。だがトランプ米大統領(当時)が18年、「イラン核合意は不十分だ」として核合意から一方的に脱退し、対イラン制裁を再開した。すると、イラン側は認めていないものの、近隣諸国の石油施設やパイプラインのみならず日本の関係船舶を含めた航行中の船舶まで攻撃されるなど、ペルシャ湾情勢は一気に緊張した。
ちなみに緊張の最中の19年6月、西側主要国の首脳でただ1人、故安倍晋三首相が、日本の首相として41年ぶりにイランを公式訪問した。日米同盟とイランとの長年の友好関係をはしごに、イランと米国の対立を緩和しようと最大限の外交努力を行ったが、残念ながら成果は出せなかった。
そして21年、バイデン米大統領が就任すると、核合意再開交渉が始まったものの、交渉は遅々として進んでいない。むしろ、女性が髪を覆う「ヘジャブ」を巡って起きた反政府デモやロシアへのドローン供給問題から、昨年11月にはバイデン大統領自身が、「イラン核合意は死んだ」と発言するに至っている。
問題はこの間、イランは核合意で認められた以上のウラン濃縮を進めているとみられることだ。米国のカール国防次官は3月1日、「イランは、12日間で核爆弾1個分の濃縮ウランを製造できる」と発言し、イランの核武装の危険性に警鐘を鳴らした。イスラエルは過去、イラクなどの敵対国の核開発を徹底的に阻止しており、イスラエルでは昨年12月にイランの核施設空爆も辞さないと主張する強硬派のネタニヤフ首相が復帰したこともあって、イスラエルが核施設を直接空爆する可能性が高まっているといわれていた。
そんな矢先の、今回の関係修復である。
有事ならば日本の石油供給にも支障
ひとたびイスラエルが核施設を直接空爆すれば、イランも黙っておらず、サウジアラビアなど近隣諸国も巻き込んだ大紛争となる恐れがあり、日本の生命線である石油の供給にも支障が生じる恐れがある。
両国の関係回復のニュースは日本でも大きく報じられた。だが、日本が消費する原油の約95%が中東のペルシャ湾地域からホルムズ海峡を通って来ており、うち約40%はサウジアラビアから来ていることはほとんど知られていない。オイルショック以来、日本は供給源の多角化に努めるも、この地域の原油依存は高まるばかりで、ロシアのウクライナ侵攻後、ペルシャ湾地域への依存度は過去最高の約95%にまで上がった。情勢が急速に動いている今、この地域の情勢についてもう少し関心を持つべきだ。(斉藤貢・元駐イラン大使)