岸田首相の“ゆがんだ正義感” 利上げで“令和恐慌”の恐れ 森永卓郎
植田日銀が発足した。植田和男氏が日銀総裁として極めて高い能力を持っていることは、異論がないだろう。幅広く深い経済学の理解、日銀審議委員としての経験など、国会の所信聴取でもその片りんは十分表れていた。
問題は植田総裁がどう行動するのかだ。権力を目指す人には二つのタイプがある。自らの政策を実現する手段として権力を手にしたい人と権力そのものを手にしたい人だ。安倍政権下で政策委員会の主流派となったのは「リフレ派(積極的な金融・財政政策でデフレ脱却を目指す考え)」は前者だが、植田総裁は後者だと私は考えている。これは、私だけの意見ではない。大蔵省財政金融研究所で植田総裁の同僚だった嘉悦大学の高橋洋一教授も、3月5日放送の討論番組「激論!クロスファイア」(BS朝日)で、植田総裁は「岸田政権の忠実な政策執行者となる」と述べた。植田総裁は独自の政策を展開するというよりも、岸田政権の意のままに動くという見方だ。
岸田首相はマクロ経済政策に関して、財政の健全化と金融の正常化という「ゆがんだ正義感」を狙っている。それに伴う政策変更はすでに始まっている。経済財政諮問会議の資料によれば、基礎的財政収支の赤字は、2020年度は80・4兆円、21年度は31.2兆円となり、政府が急速に財政を絞っていることが分かる。23年度の当初予算に基づく基礎的財政収支の赤字は、10.8兆円となり、政府は財政をさらに絞り込んだ。金融政策も同様だ。安倍政権下で大きな数字を示していたマネタリーベース(資金供給量)の前年同月比増減率はマイナスに転じている(図)。マイナス金利解除は目前だ。
昭和恐慌
私は、岸田政権が続くなら、少なくとも1年以内に政策金利が0.25%に引き上げられるとみている。植田総裁の判断ではない。岸田首相の判断だ。そして、それは戦後最大の日銀の政策ミスとなった00年のゼロ金利解除後に起きた景気急減速の二の舞いとなるだろう。IT(情報技術)バブルの崩壊という当時の世界環境も、実によく似ている。ただ、可能性としては、“令和恐慌”に発展していく可能性も否定できない。
1929年、米国で株価が暴落を始めた年に就任した浜口雄幸首相も、財政の健全化と金融の正常化を掲げた。それが景気に致命的な影響を与えることは、浜口も分かっていた。だが浜口のゆがんだ正義感は、歯止めが利かなかった。国民に向かって「明日伸びんがために、今日縮む」と語って、30年に旧平価(17年に金本位制を停止する前の金と円の交換比率)で金本位制に復帰することを断行したのだ。財政の引き締めとあいまって、日本経済は昭和恐慌に突入していった。当時は、小津安二郎監督の映画「大学は出たけれど」が流行語になり、4人に1人が失業者になったといわれている。
植田総裁は景気失速の兆候がみえても、再度金融緩和にかじを切ることはないのではないか。確かに植田総裁は、審議委員時代にゼロ金利解除に反対票を投じたことで有名だが、その後、すぐに金融緩和への政策変更のチャンスがあったにもかかわらず、そうした行動には出ていないからだ。
唯一の希望は、岸田降ろしの波が自民党内で起きることだが、それが起きる可能性は小さいかもしれない。立憲民主党をはじめとする経済音痴の野党が弱く、対案を作る能力に欠けている上、国民が財政・金融の同時引き締めが令和恐慌を起こすリスクを十分認識しているとは思えないからだ。
(森永卓郎・独協大学経済学部教授)
週刊エコノミスト2023年4月25日号掲載
世界金融危機 日本経済 利上げで“令和恐慌”の可能性=森永卓郎