国際・政治

“食の安全保障”に世界的危機 日本も要注意 小菅努

異常気象の頻発と新興国の経済成長で食糧自給は新たな段階に Bloomberg
異常気象の頻発と新興国の経済成長で食糧自給は新たな段階に Bloomberg

 世界の中間層は2030年に20億人に拡大。食生活の急速な向上で人々の胃袋をどう満たすのか。

グローバルサウスの需要急拡大

 食料危機はいま世界が直面する大きな課題の一つだ。ロシアのウクライナ侵攻によって、世界の農産物市場が混乱してから1年が経過したが、食料価格は2022年初頭に付けた過去最高値からは下落しているものの、依然として高止まりしている。国連食糧農業機関(FAO)、世界銀行、世界貿易機関(WTO)など五つの国際機関は、2月8日の共同声明で「食料と栄養の安全保障に関して世界的な危機が発生している」と警告している。国際機関からこうした共同声明が出されるのは、昨年7月以降3回目で、強い危機感がうかがえる。

 食料価格高騰の背景は、①新型コロナウイルスのパンデミックによるサプライチェーンの混乱、②異常気象ラニーニャ現象による世界的な不作、③ウクライナ戦争による生産と輸出の混乱――など、主に供給サイドの要因が指摘される。ただし、同時に注目すべきは、「グローバルサウス」と呼ばれる南半球を中心とした途上国が、世界の食料市場で存在感を増しているため、需要サイドからも世界の食料需給が構造的な変化を遂げつつある点だ。これは一過性の動きではなく、今後、食料の価格水準が大きく上昇するのみならず、日本も食料調達リスクに直面する可能性がある。

人口と中間層増が同時に

 一般的に、穀物需要は人口動態と所得環境の二つの影響を強く受ける。人口が増加し、所得が向上すると穀物需要も増加するが、特に穀物を人がそのまま食べるのではなく、家畜に与えて肉を食べる段階に移行すると、穀物需要は急拡大する。現在のグローバルサウスで発生している大きな動きが、より高品質の穀物に対するニーズの高まりと食肉文化への移行だ。いま世界の穀物市場は、こうした需要構造の変化に対応できるかが問われている。

 世界の人口は、21年までの10年間で12.1%増加し、78.77億人に達しているが、その大部分がサハラ以南のアフリカ(以下、サブサハラアフリカ)と中央・南アジアなどのグローバルサウスに集中している。国連の予測では、世界の人口は86年の104.3億人でピークに達するが、50年までに人口増加が最も顕著と予想される8カ国のうち5カ国がアフリカに集中している。飽食化が進む先進国の人口は横ばいから減少に向かう見通しだが、それとは対照的であり、こうした新たな「胃袋」を満たす必要がある。

 しかも、人口増大と同時に、中間層も拡大することが、穀物へのニーズを一段と強める見通しだ。中間層の規模は定義によって異なるが、現在の世界の中間層10億人が、30年にはほぼ倍増する可能性がある。どの穀物をより多く消費するかは、食文化の影響があるので一概に想定できないが、例えば、サブサハラアフリカだと、従来はトウモロコシ粉やイモが主食だったが、近年は小麦とコメのニーズが高まっている。

 サブサハラアフリカの小麦生産量は年950万トンだが、それを大きく上回る年2610万トンが輸入されている。輸入量は過去10年で44%拡大した。これまではロシア産の輸入量が多かったが、より高品質の小麦を求める動きが強まると、米国やフランス、カナダ、豪州など、日本の小麦調達と競合する国へのニーズが強まっている。これと同様の動きがグローバルサウス全体に広がれば、年580万トンの輸入規模の日本は、高品質な小麦を安価で安定的に調達することは難しくなる可能性があろう。

 サブサハラアフリカではコメの消費量も急増しており、都市化や食生活の変化に加えて、ウクライナ戦争によるトウモロコシと小麦の価格高騰、供給不安を背景に、22年はコメの輸入量が過去最高に達した(図1)。

日本も影響

 コメに関しては、日本は国際マーケットから切り離されているので、グローバルサウスの需要拡大の直接的な影響は小さい。ただ、タイやインドなどでコメ需要に対応するための増産が行われると、他の農産物供給に影響が生じる可能性がある。また、コメは国際取引市場が未成熟なため、生産国が国内供給を優先するために輸出制限を行うことも少なくない。コメへの依存を高める国が突然、調達難に陥ると、食料危機回避のためにパニック的な買い付けが行われ、国際穀物需給全体に大きな混乱が生じるリスクがある。グローバルサウスの食料ニーズ拡大は、決して日本にも無縁な動きではない。

 これまで、グローバルサウスは世界の穀物需給構造では、あまり材料視されてこなかったが、今後は世界の穀物需要拡大の新たなけん引役になる可能性が高い(図2)。00年代は中国の穀物需要拡大に対応できるか否かで、不安定な食料需給・価格環境に陥った経験があるが、その当時よりも世界の耕作可能面積の増加余地は限られており、異常気象による不作が常態化する中で、新たな穀物需要を満たすことができるのか。近年、昆虫食や培養肉など、フードテックが注目されている背景には、こうしたグローバルサウスの存在感もあると思われる。食料問題は今後の焦点だ。

(小菅努・マーケットエッジ代表取締役)


週刊エコノミスト2023年5月16日号掲載

食料問題 グローバルサウスの需要急拡大 「食の安全保障」に世界的危機=小菅努

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