国際・政治

“一物二価”状態の原油取引に人民元決済の動き 橋爪吉博

石油市場はアラブ産油国が米国から主導権奪取か(巨大な生産量を誇るサウジアラビアの製油所) Bloomberg
石油市場はアラブ産油国が米国から主導権奪取か(巨大な生産量を誇るサウジアラビアの製油所) Bloomberg

 ウクライナ戦争を契機に原油価格は「一物二価」になった。人民元決済が本格化すれば、米の世界覇権に大きな打撃となる。

グローバルサウスの影響拡大

 ウクライナ戦争に伴う世界の権威主義国家(東側諸国)と民主主義国家(西側諸国)の分断は、対ロシア経済制裁措置の実施によって、国際石油市場にも及んでいる。また、東側によるグローバルサウスや途上国を取り込む動きは、国際石油市場にも及んでいるように見える。そうした最近の国際石油市場の分断の中で、グローバルサウスや途上国は、石油の消費国、あるいは産油国として、国益に沿って独自の動きをしつつあるといえよう。

 2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻に伴い、欧州連合(EU)加盟国と主要7カ国(G7)は、対露経済制裁を実施した。石油についても、米英は3月に、EUとG7各国は5月に禁輸措置を決定。原油は昨年12月から、石油製品は今年2月から正式に輸入禁止措置が実施された。ただし、EUとG7以外でこれに追随したのは、豪州、韓国、台湾程度で、大多数のグローバルサウス・途上国は中立を保った。経済成長のためのエネルギー安全保障、安定供給を優先したと思われるが、経済成長期には特に各種燃料・原料用として汎用(はんよう)性の高い石油の確保は極めて重要なことがうかがわれる。

 中国やインド、インドネシアなど、ロシアとの関係が深い国々は、むしろ中東などからの原油輸入を縮小し、対露原油輸入を拡大しており、禁輸した欧州向けの出荷を引き受ける形となった。反対にEUやG7はロシアから中東や米州に原油輸入先をシフトし、世界全体では、石油需給バランスは崩れず、実需に対する供給不足が回避されるという現象が起きている。日本もロシア原油の輸入停止分(21年度実績で原油輸入全体の3.6%)を中東原油にシフトした。

露制裁の影響は限定

 ロシアの産油量は、当初、経済制裁実施に伴い日量約300万バレル(約3割)の減産が予想されたが、結果的には、侵攻前後でわずかに減少したに過ぎず、原油価格も侵攻前の1バレル=90ドル台から、昨年3月に130ドル近くまで上昇しただけで、昨年後半には欧米の利上げに伴う景気後退懸念を背景に、秋の段階で侵攻前水準に戻っている。石油の場合、天然ガスや石炭とは異なり、大きな混乱は見られなかった。

 こうした状況を受けて、ロシアの石油収入を減少させ、戦費調達を阻害するため、G7は前述の石油禁輸の正式実施と同時に、船舶保険付保に係る石油の上限価格制度を適用、60ドル以上の原油などを事実上取引禁止とした。しかし、実際はロシア原油は、国際価格の30%割引で値引き販売されているとされ、上限価格60ドルを下回っているため、上限価格制度の効果を疑問視する見方も多い。ロシア側も、こうした経済制裁に対して、上限価格適用国への石油輸出を禁止するなど、対抗措置を実施している。

 以上のように、ロシア産石油を巡り、国際石油市場で一種の分断が発生すると同時に、原油価格の「一物二価」の現象が生じている。これはまさに東西冷戦時代の東欧社会主義諸国とソビエト連邦の資源取引の状況と類似している。現段階で、中東を中心とする産油国は、脱炭素に備えて高い原油価格を志向しており、ロシアの値引き販売に追随しないと予想されているが、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などの産油国は、「OPECプラス」においてロシアとは協調関係にあり、国内的には独裁体制の国が多いことから、今後の動向には注意が必要だ。

 そもそも「OPECプラス」は、シェールオイル・ガス革命に伴う米国の「世界最大の産油国化」に対抗するため、石油輸出国機構(OPEC)の13カ国とロシアを中心とする非OPEC加盟の10カ国の産油国で構成されており、原油価格維持を目的に、OPECに代わり、17年から生産調整を行っている。最近の米国とサウジの不協和音の背景には、こうした石油市場における構造変化がある。

 さらに注目されるのは、中国の動きだ。中国は今年3月10日に、16年から国交断絶中のサウジアラビアとイランの外交正常化を仲介したとされるが、その背景には、対米関係を意識した石油安定供給確保の意図、特に原油取引における「人民元決済」の狙いがあると見られている。

 人民元決済は、中国が従来産油国に働きかけてきたもので、昨年12月の習近平主席のサウジアラビア訪問や湾岸協力理事会(GCC)の首脳会議で、産油国に要請したといわれる。経済成長に伴い石油の輸出国から輸入国になった中国は、東シナ海や台湾問題で軍事的プレゼンスを拡大させても、石油輸入を阻害されれば影響は大きい。

 原油のドル決済システムは、第二次世界大戦後のドルの国際基軸通貨としての根幹をなすものだが、これが崩れた場合の影響は計り知れない。ロシアだけでなく、経済制裁中のイランとベネズエラも、原油のドル決済崩壊は大歓迎であろう。国際石油市場の分断が、原油の人民元決済の動きと結合して拡大する事態は、西側諸国としてはどうしても避けたいところだ。

今後は新興国主導

 脱炭素の流れの中で、先進国では、石油需要はすでに04年にピークアウトしており、今後も減少してゆくが、途上国では需要は増加を続ける。日本エネルギー経済研究所によれば、世界の石油需要は、20年の日量8700万バレルから50年には1億830万バレルに増加すると予測している。石油生産も需要増に対応して、30年ごろまでは先進国を含む非OPEC諸国の生産が増加。それ以降は中東を中心とするOPEC産油国が埋蔵量の豊富さと生産コストの低さを発揮して、世界の増産をリードするとの見方が有力だ。

 今後の石油需給は、脱炭素の進展に左右される部分は大きいものの、グローバルサウスの役割はますます拡大してゆくに違いない。

(橋爪吉博・日本エネルギー経済研究所 石油情報センター事務局長)


週刊エコノミスト2023年5月16日号掲載

グローバルサウスの影響拡大 人民元決済で西側は大打撃か=橋爪吉博

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