教養・歴史

「取り残された日本。今こそ『出る杭人材』が必要だ」 黒川清・元日本学術会議会長

「Japan as Number One」だったはずの日本が、この30年間で世界から取り残されてしまったのはなぜか。
 東京大名誉教授で日本学術会議会長や東京電力福島第1原発事故の「国会事故調査委員会」委員長を務めた黒川清さんは「日本の常識が世界とは大きく違っているからだ」と指摘、2022年10月に出版した『考えよ、問いかけよ 「出る杭人材」が日本を変える』(毎日新聞出版)でも、改めて「出る杭人材」の必要性を説いた。
 東京・池袋で3月に開かれた毎日メトロポリタンアカデミーでの講演から、黒川さんの思いを紹介する。

黒川清・元日本学術会議会長
黒川清・元日本学術会議会長

役に立たない 日本のモノづくり

 ハーバード大教授、エズラ.F.ヴォーゲル教授が書いた『Japan as Number One』に代表されるように、日本は約40年前、世界で認められ、もてはやされていました。しかしその後、日本のGDP(国内総生産)はほとんど伸びていません。一方、OECD(経済協力開発機構)各国のGDPは2倍に、アメリカは3倍にもなっています。なぜ日本だけが取り残されているのでしょうか。

 日本の常識が世界の常識とは大きく違っているからです。

 日本では65歳以上が約3割を占めます。子どもが生まれて置き換わっていれば問題はありませんが、子どもが生まれないから人口は減っていくばかり。これこそ、日本にとって一番大きな問題ではないでしょうか。今、子どもを産むかどうかは女性に決定権があります。いったいどう対応していくのか。移民を受け入れる国もありますが、日本人は抵抗感を抱く人が少なからずいる。他にどんな対策がありうるのか。

 そして、GDPは増えない。

 昭和の高度成長時代、日本はモノづくりで秀でていました。下請けも含めて真面目で几帳面な日本人が精密、正確、しかも長持ちするテレビや車、ラジオをつくりました。しかし、日本オリジナルのものはあったでしょうか。SONYとか、後は、何か?あまりありませんね。日本人がやっていることは、「きちんとした」モノを、軽く、小さく、薄くすること。

 かつて長野県に講演に呼ばれたことがあります。長野県といえば時計。機械時計からデジタル時計になっても「メイド イン ジャパン」はもてはやされました。新たな機能もどんどん加えている。しかし、それって役に立ちますか?

 私の講演を聴きに来た人は、「長野の時計産業」をほめてもらえると思っていたのかもしれません。しかし私は講演で「それらの機能はどれだけ使われるだろうか? 使われなければあまり売れないかも、と。いまやiPhone ですね。長野県は冬が長くて他にすることがないから、機能にこだわるのではないか」と苦言を呈しました。企業なのですから収益を求めるべきなのに、必要以上に細部にこだわってしまう。これは結構、日本人らしく、時計産業ばかりではないのかもしれません。

よそに移ってキャリアをつくる

 世界では、人をどのように育てているのか。

 私は1969年、アメリカのペンシルベニア大学医学部に留学しました。アメリカは移民の国です。さまざまな国から集まってきた人たちの中には、この国でキャリアを積んで、永住しようとするも多い。日本人は、2、3年で母国に帰っていく人が大部分でした。

 そのアメリカで、研究者らはどんどんよそに移っていくことでキャリアを積み上げていきます。大学を終えた後、そのままその大学の院に進むのではなく、別の大学院に移り、大学院を終えたらまた別の大学のポスドクになるなど、同じ組織に留まらないのが基本です。研究者や教育機関の評価は常に開かれていて、その結果として大学のランキングができているのです。

 
 

 そのアメリカも、掲載本数と引用頻度による科学論文の世界ランキングで2021年、中国に抜かれました。中国が1位、アメリカが2位で、3位~5位はイギリス、ドイツ、フランスでした。日本は9位です。中国やアメリカは日本より人口も多いので、まだわかる。しかし、3~5位の国々は、日本より人口が少ないですね。

 それなのに、なぜ日本が後塵を拝しているのか。日本はタテ社会です。大学卒業後、同じ大学の院に進み、そのままその大学のポスドクになる人が主流とされます。研究テーマも指導教官の手がけるテーマに近いところが基本です。そんな中から、新しいインパクトのある成果はでてきません。若い人たちは新しいフロンティアを開く、次代を開く”人材” なのです。

 東京電力福島第1原発の事故で日本政府の対応は、ネットでフォローしていると、海外の専門家の見方とはかなりずれていました。原発は世界に約440カ所あり、そのうち日本は50カ所です。モノづくりでは世界トップを誇る工業先進国、日本で何が起きているのか。全世界の関心、懸念が集まるのは当然です。

 各国政府や専門家は必死に情報を集め、その結果、日本のガバナンスに対する信用はかなり落ちましたが、無理もない大事件でした。ネット時代になって、世界のどこでもリアルタイムで事故の状況を把握できるのです。隠そうと思っても決して隠せない。むしろ世界に情報を発信して、各国の専門家の意見も聞いたらいいんです。原子力発電は世界共通の課題なのですから。日本の歴史では初めてだったようですが、国会の立法で始まった「国会事故調査委員会」 のトップを依頼された私は委員会をネットを含めて公開にし、さらに英語の同時通訳も入れました。ですから委員会終了とともにそのメッセージは世界に広がり、日本ばかりでなく、米欧いろいろな所に講演に招かれることになりました。これが日本の責任の一つと考えていたからです。

若者は海外に行け

 日本の将来は、若い人にかかっています。私は東大教授時代にはハーバード大とも連携して学生の交流を進め、また次の世代を育てる教育の場にいたいと東大から移った東海大医学部ではさまざまな海外大学との交流を学生ばかりでなく研修医にも、若手教員にも広げました。

 学生らには「1年は休学して、海外に行ってこい」と勧めています。できたら英語圏がいい。海外に行けば、自分を客観視することができ、友だちもでき、NGOや現地の人とも知り合える。ネット時代ですから、帰国後もそうした人とつながることができるのです。就職してしまうと、そのように自分の個人判断で世界を広げることは難しい。

 だから、大学の授業も半分くらいは英語を使ったほうがいいんです。あるいは、英語で講義する人を海外から連れてくる。

 私は14年間アメリカで転々としながらキャリアを積んで、帰国後に着任した東大を定年前に飛び出して東海大に移り、その後も日本学術会議をはじめ、さまざまな国内外の学会で活動してきました。日本では「ヘンなキャリア」かもしれません。しかし、世界では当たり前のことです。

 自分の頭で考え、個人として世界のどこでも活躍できる「出る杭(くい)」が日本を変えていくのです。時代は「出る杭」を求めています。それこそが日本が復活するカギだからです。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事