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教養・歴史 書評

中立金利の引き上げが重要手段 日本にこそ示唆が多い必読本 評者・原田泰

『21世紀の財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略』

著者 オリヴィエ・ブランシャール(ピーターソン国際経済研究所シニアフェロー) 訳者 田代毅

日経BP 3080円

 日本において特に顕著だが、世界的に低金利と政府の高債務が続いている。この状況を、本書は以下のように理解する。過去30年間、過剰な貯蓄と低迷する投資需要、安全資産へのシフトによって、現実の生産を潜在生産水準に合致させるための「中立金利」が低下してきた。中立金利は経済成長率よりも低くなり、債務の財政コストが低下した。中立金利の低下のゆえに金融政策が困難になった。先進国では、政府債務の持続可能性についての深刻なリスクはないので、マクロ経済の安定のために財政政策を活用すべきという。

 民間需要の低迷と安全資産への需要は当面続く。現在、世界的にインフレ率の上昇により金利が上昇しているが、過去に中立金利を着実に低下させてきた根本的な要因は依然として存在しているのだから、再び持続的な低金利に戻る可能性が高い。であれば、財政政策によって現実の生産を潜在生産水準に合致させることが重要だという。

 もちろん、低金利を引き起こす要因が変われば、かつてのように不況対策は金融政策に任せて、財政は政府債務の縮小を考えるべきかもしれないとも本書は書いている。

 本書の結論は私には穏当に思えるが、そこに至るまでの分析から、改めて現在の財政政策についての理解を深めることができた。また、所得の成長率と金利の関係は弱い、財政政策では支出増より減税の方が効果が高い、など意外な指摘も多い。本書を読みながら、日本の財政・金融当局は、現実の生産水準を潜在水準に合致させるという思想を必ずしも持っていないことに改めて気づいた。

 本書は、現在の財政政策についての議論を見事に整理したものだと私には思えたが、異なる意見もあるだろう。まず、中立金利の低下という主張に対して、欧米では高インフレに誘発されて高い金利が生じているではないかという異論があるかもしれない。しかし、中立金利は実質の概念なので、現在の欧米諸国の名目金利が高いことは反証にはならない。金利からインフレ率を差し引いた実質金利はマイナスである。

 中立金利を上げるためには財政を用いるという議論はよく理解できるが、欧米では著者が指摘しているように、物価目標を引き上げればより高い名目金利が実現でき、金利による金融政策もより使いやすくなるのではないか。日本の場合にこそ、財政政策による中立金利の引き上げが重要な政策手段になると思った。

 財政・金融政策について論じる人々が必ず参照すべき文献である。

(原田泰・名古屋商科大学ビジネススクール教授)


 Olivier Blanchard フランス生まれ。米ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)で教職を務めたのち、国際通貨基金(IMF)チーフエコノミストを経て現職。著書に『ブランシャール マクロ経済学』(上・下)など。


週刊エコノミスト2023年6月6日号掲載

『21世紀の財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略』 評者・原田泰

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