教養・歴史書評

日本企業が70年代にアフリカで進めた事業による残留児の現実を追ったルポ 評者・黒木亮

『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』

著者 三浦英之(朝日新聞記者)

集英社 2750円

 衝撃的な内容の力作である。

 舞台は、戦乱と腐敗と貧困にまみれたサブサハラ(サハラ砂漠以南地域)の資源大国、コンゴ民主共和国で、話は1969年にまでさかのぼる。日本鉱業という非鉄金属と石油の資源開発、製錬などの会社が、同国南東部にある当時のカタンガ州ムソシ村で、総額約720億円を投じて銅の採掘事業を始めたのである。

 日本から同社社員、建設会社社員、労働者、医師、教師、厨房(ちゅうぼう)要員など約550人が送り込まれ、採鉱施設が建設され、操業は順調に始まった。しかし、71年のニクソン・ショックによるドルの下落、国内経済の崩壊、内乱、銅相場の低迷などに見舞われ、83年に撤退を余儀なくされる。

 そして日本人の父親と現地人の女性の間の子ども約50人が残された。現在は、そうした子どもたちは約200人もいる。彼らは「ムズング ンブジ(白い山羊)」という蔑称で呼ばれ、その多くが泥水をすするような貧困にあえぎ、女性は売春で生計を立てる者も少なくないという。

 評者は金融マンとしてアジア、中近東、アフリカで仕事をし、時々、現地で日本人の父を持つ残留児の存在を耳にしたことはある。しかし、日本が先進国といわれるようになった70年代以降で、これだけの規模のケースは聞いたことがない。

 朝日新聞のヨハネスブルク特派員だった著者は、日本人残留児の存在と、日本人を父に持つ乳児を日本人医師が組織的に殺していたという報道を、フランスの国際ニュースチャンネル「フランス24」で知り、真実を求めて取材を開始する。

 残留児の父親たちは、北海道、秋田県、茨城県などの鉱山から送り込まれてきた労働者だった。彼らは、監獄のようにも見える、粗末な単身赴任者用の住宅で生活していた。娯楽がないので、鉱山の近くの集落を「チロリン村」と呼び、そこで現地の女性たちと酒を飲んだり、ダンスをしたりして、親しくなっていったという。

 事実を隠蔽(いんぺい)しようとする人々もいるなか、取材は一筋縄ではいかない。著者は、取材の過程や取材者側の事情・心理なども生々しく書き込み、それによって取材対象者の心のひだや残留児が置かれた社会の実態を浮き上がらせている。医師による乳児殺しの話はうそだと判明する。

 著者の徹底した取材の成果をぶつけられた日本鉱業の後継企業と、「フランス24」同様の報道をした世界的メディアである英BBCが、どう「落とし前」をつけたかは、本書で読んでほしい。

(黒木亮・作家)


 みうら・ひでゆき 1974年生まれ。朝日新聞記者でルポライター。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』(第13回開高健ノンフィクション賞)のほか、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』など著書多数。


週刊エコノミスト2023年6月6日号掲載

『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』 評者・黒木亮

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