教養・歴史アートな時間

役者・光石研への“アテ書き”で実直な男を味わい深く描く 寺脇研

©2022『逃げきれた夢』フィルムパートナーズ
©2022『逃げきれた夢』フィルムパートナーズ

映画 逃げきれた夢

 光石研は、日本映画を代表するバイプレーヤーの一人として長年にわたり活躍してきている。ただ、16歳で「博多っ子純情」(1978年、曽根中生監督)の主役に抜擢(ばってき)された後は、なかなか芽が出なかった。それが30代半ばから、次々と気鋭の監督に起用され始め、幾多の問題作に欠かせない位置を占める役者となってきたのだ。

 苦労人と言っていい。その生き方と存在感に、彼からすると息子世代に当たる二ノ宮隆太郎監督が憧れ惚(ほ)れ込んだ。こういうのを「アテ書き」というのだが、素顔の光石の人柄や成育過程をそのまま当てはめて主人公のキャラクターを造型し、主演作に仕上げている。

 職業は定時制高校の教頭。校長を目指したが果たせぬまま、黙々と役目を果たしている。生徒が校舎裏で隠れて吸った煙草(たばこ)の吸い殻を掃除し、問題を抱えた子たちに声がけをする。ただ、「熱血先生」のような気負いはない。彼としてみれば、己のなすべき仕事を忠実に実行しているだけなのだ。昭和の時代に多く見かけた実直な職業人の面影を強く感じさせる。

 一方、家庭では所在無さげだ。妻とは過去に何らかの重大な気持ちの齟齬(そご)があったらしいのだが、それはそれとして夫婦関係を穏便なままに保とうと努力している。成人して父親に関心が薄い娘の前でも、心なしか遠慮がちに振る舞う。妻も娘も、そうした気遣いに対して素っ気ない。退職する決意を告げた際にも労(ねぎら)いの言葉はなく、これにはさすがに怒りを爆発させかかるものの、すぐに我に返り謝…

残り683文字(全文1333文字)

週刊エコノミスト

週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。

・会員限定の有料記事が読み放題
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める

通常価格 月額2,040円(税込)

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事