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週刊エコノミスト Online アートな時間

立場の違いや人の多面性を描いた先の「怪物だーれだ?」 野島孝一

©2023「怪物」製作委員会
©2023「怪物」製作委員会

映画 怪物

 夜の火災。雑居ビルが燃えている。それを自宅のベランダから見ている母親と小学生の息子。息子が問う。「豚の脳を移植した人間は、人間? 豚?」。担任教師から聞いたという。火災という不吉な前兆をはらんだ出だし。早くもこの映画が持つパワーに、あらがうことはできない、という気持ちにさせられる。

 是枝裕和監督は「万引き家族」(2018年)で第71回カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞。22年には韓国映画「ベイビー・ブローカー」を監督して話題をさらった。これまで基本的には自分で書いた脚本を映画にしてきたのだが、「怪物」の脚本は映画「花束みたいな恋をした」(21年)などの脚本家・坂元裕二に任せている。さらに、音楽は坂本龍一に依頼。これが坂本の遺作となった。

 廃線跡のある山沿いの小さな田舎町に住む母、早織(安藤サクラ)と息子の湊(黒川想矢)。湊の父親は事故死して、早織はスーパーで働く。最近、湊の様子がおかしいので早織は心配している。スニーカーの片方が見当たらない。水筒から泥が出てくる。耳をケガしている。ある日、湊の帰りが遅いのを案じた早織が捜しに行くと、湊は真っ暗な廃線のトンネルにいて、「怪物だーれだ?」と呼んでいる。早織は湊を車に乗せ、自宅に向かうと、突然湊が走っている車から飛び降りた。

 実にあぜんとする展開。幸い湊は軽傷で済んだが、担任教師・保利(永山瑛太)のモラハラを疑った早織は、学校に行き、校長(田中裕子)を問い詰める。だが、校長は保利を出さず、のらりくらりと答弁し、まるで誠意が感じられない。その事なかれ主義のひどさに、この映画を見ている誰もが早織と同じように怒り心頭に発するだろう。「この教師は、よほどひどい奴に違いない」と。そして、この映画は教師の横暴を糾弾する作品に違いないと思い込みそうだ。

 だが、是枝監督がそんな単純な映画を作るはずがない。テーマが教師の保利の立場に移っていくと、がらりと印象が変わる。映画では「章」を分けて、角度を違えて描いていくことがよくある。しかし、この映画ではそんなやり方をしない。母子のエピソードで始まり、教師の立場から子どもたちの立場へと微妙にずらしていく。それに気づかず、ぼんやり見ていると背負い投げをくらいそうだ。

 人というものは、一面的な見方をしてしまう生き物だと改めて気づかされる。それにしても、子どもらが問いかける「怪物だーれだ?」の怪物とは誰のことだろう?

 観客自身も問い詰められている気になるだろう。

(野島孝一・映画ジャーナリスト)

監督・編集 是枝裕和

出演 安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太

2023年 日本

6月2日(金)全国ロードショー


 新型コロナウイルスの影響で、映画や舞台の延期、中止が相次いでいます。本欄はいずれも事前情報に基づくもので、本誌発売時に変更になっている可能性があることをご了承ください。


週刊エコノミスト2023年6月6日号掲載

映画 怪物 一面的な見方に「背負い投げ」 坂本龍一の音楽はこれが遺作=野島孝一

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