エゴの激突で憎悪が噴出する果てのクライマックスが素晴らしい 勝田友巳
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映画 波紋
世の中ストレスばっかりで、心穏やかに生きるのは難しい。黒い感情を抱かずに日々を過ごせたら、どんなにいいか。この映画の主人公、依子もそう思いながら負の感情にとらわれ苦しみ、あがいてさらに深みにはまる。現代を生きる中年女性が抱いた自画像に翻弄(ほんろう)されて、ついに解放されるまでを描いたブラックコメディーである。
依子は何となくイライラしている。一軒家をきれいに片付け、玉砂利を敷き詰めた枯れ山水の庭を整え、憎しみや苦しみを浄化する緑命会なる新興宗教に入信して熱心に祈る。懸命に調和とバランスを保とうとするのに、隣の猫は庭に侵入しパート先のスーパーでは横柄な客に値切られ、体の変調にも苦しめられる。おまけに、東日本大震災の原発事故の後に姿を消した夫の修が突然舞い戻り、自分はがんだと告げて、我が物顔で暮らし始めた。
荻上直子監督は、「かもめ食堂」「めがね」など初期のほのぼのとした映画で知られたが、今回はけっこう毒がある。登場するのは、身勝手で理不尽で、共感しにくい人ばかり。
がんを理由にずうずうしく振る舞う修はもちろん、修を露骨に嫌悪しながら追い出さない依子も不可解だ。独り立ちした依子の息子は、年上で聴覚障害を持つ婚約者を連れて帰宅して、これみよがしに依子を戸惑わせる。依子の婚約者への態度も差別的なら、婚約者の反撃も嫌らしい。唯一依子に腹蔵なく接するパート先の同僚も、暗い一面を抱えていた。
エゴがぶつかり合い、攻撃し合う物語は不協和音に満ちている。時折挿入される幻想的な映像で、…
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週刊エコノミスト
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