国際・政治

ウクライナ侵攻による国際的孤立が続けば成長鈍化 服部倫卓

ロシア・ヤマル半島北東部のサベッタにあるLNGプラント。プラント技術の国産化がカギを握る Bloomberg
ロシア・ヤマル半島北東部のサベッタにあるLNGプラント。プラント技術の国産化がカギを握る Bloomberg

 足元のロシア経済は「しぶとい」成長を見せるが、人材流出、技術面の立ち遅れで、中長期的には厳しさが増しそうだ。

LNG開発で苦境は打開できるか

 昨年のウクライナ侵攻で西側諸国からの制裁を受けるロシア経済だが、思いのほか「しぶとい」という驚きが広がっている。ロシア統計局が発表した速報値によれば、2022年の国内総生産(GDP)は前年比実質2.1%減だった。マイナス成長には違いないが、経済制裁開始直後の昨年春には8~10%程度の落ち込みが取り沙汰されていたことを考えれば、存外に傷は浅かったという評価となろう。

 国際通貨基金(IMF)によれば、22年にロシア経済が予想ほどは落ち込まなかった原因は、①石油・ガス価格高騰で外貨の記録的流入が生じたこと、②軍事目的の国家歳出が大幅に拡大したこと、③ロシア中央銀行の荒療治で金融危機がリアルセクターに伝播(でんぱ)するのを防止したこと──という。

 筆者なりに追加すれば、そもそも22年のロシア経済はコロナ禍からの回復過程にあり、「成長して当然」の状態だったはずだ。さらにいえば、22年にロシアは輸出収入を拡大したにもかかわらず、欧米や日韓などの西側諸国による制裁のために商品・サービスの輸入がままならなくなり、結果として過去最高の2274億ドルもの経常黒字を記録した。意図せざるこの大幅黒字も、GDPの押し上げ要因になったことは疑いない。

危機は中長期的に深化

 IMFは4月18日に発表した世界経済見通し改定版で、23年のロシアの成長率を1月時点から0.4ポイント引き上げ、プラス0.7%と予測した。一方、ロシア政府の同7日時点の公式見通しによれば、ロシア経済は23年に1.2%上向き、24年にはプラス2%となることになっている。ただし、昨秋は24年をプラス2.6%と予想していた。

 さまざまな機関やシンクタンクが、今後のロシア経済に関する見通しを発表しているが、かなりのばらつきがある。そんな時、便利なのが、ロシアのシンクタンク「発展センター」発表のロシア経済に関するコンセンサス予測だ。多くの機関の予測を平均したもので、いわば最大公約数的な見立てと位置付けられるので、その意味で参照する価値があると思われる。

 コンセンサス予測は、2月14~20日に実施されたアンケート調査に基づくもので、それを表にまとめた。23年の成長率がマイナス1.8%、24年がプラス1.4%ということになっている。不振ではあるが、破局的ではない、といったところか。

 ロシア政府をはじめ、多くの機関の予測は、「向こう1年ほどは厳しいが、それを乗り切れば、ロシア経済は再びプラス成長に転じる」というストーリーを描く。筆者の見方は逆で、短期的な数字は最悪ではないかもしれないが、このまま国際的孤立が続けば、ロシア経済の危機はむしろ中長期的に深まると考える。制裁で必要な商品・サービスを輸入できない痛手は計り知れず、ロシアがそれを自力で賄うのは不可能だからだ。

 実は、23年のロシア経済をプラス予測して物議を醸したIMFも、同様の認識に立つ。ゲオルギエワ専務理事は、人材流出、技術的な立ち遅れ、エネルギー産業への制裁によって、ロシア経済は時とともに苦しさを増し、中期的に少なくとも7%ほどの縮小に見舞われるとの見解を示している。

 果たして、ロシアは経済的苦境を打開できるのか? 一つの重要な試金石になると思われるのが、液化天然ガス(LNG)の分野だ。

 ロシアはすでに欧米から石油の禁輸を受けており、天然ガスの欧州向け輸出も、パイプライン「ノルドストリーム」の破損などで壊滅状態である。対して、ロシア産LNGに関しては、まだ欧州連合(EU)諸国も買い続けている。気体の天然ガスと違い、タンカーで運べるLNGは、輸送の自由度が高く、仮に今後、EUや日本が制裁対象に加えても、他市場への転換が可能だ。

 ロシアの主たるLNGプラントは、極東のサハリン2と、北極圏のヤマルLNGの2カ所。目下フル稼働状態で、22年の生産量は前年比8.1%増の3250万トンだった。最近ロシア政府が発表したところによると、近く立ち上がるはずのアルクチクLNG2およびバルトLNGが加われば、年産6600万トン規模となり、さらに35年までには1.2億~1.4億トンを達成し、世界シェア20%を目指すという。

LNGプラントの国産化に壁

 問題は、ロシアが難易度の高いLNGプラントを独自に整備していけるとはとても思えないことだ。全般的に、機器の輸入依存度が高いエネルギー産業の中でも、LNGプラントはそれが特に顕著だ(図)。政府は現在、LNG生産設備・技術の国産化プロジェクトの工程表を作成中で、国産比率80%との目標が盛り込まれる予定だが、現実的とは思えない。

 プーチン大統領は2月21日、年次教書演説を行った。この中で大統領は、22年で経済がマイナスだったのは、実は第2四半期だけで、下半期にはもうプラスに転じていたと強調。しかも、質的に新しい成長モデルに移行しつつあり、これまでのように主として西側向けに資源を輸出するのではなく、アジア太平洋をはじめとする新市場や国内市場にシフトし、付加価値の高い製品を生産するようになっているとして、大統領は現状をポジティブに評価した。

 プーチン大統領は、3月17日にロシア産業家・企業家同盟の総会で行った演説でも、ロシアの新たな成長モデルについて語り、実業界の積極的・創造的な姿勢がかつてなく求められているとして、企業に貢献を求めた。

 確かに、ロシア経済が深甚な変容を遂げつつあるのは事実であろう。だがそれは、政権が勝手な野心から始めた「戦争」という既成事実を押し付けられ、企業が必死に生き残りを図っている結果でもある。それをポジティブな構造変革のように語るのは、無理がありすぎる。実際、筆者が中継を見たところによると、産業家・企業家同盟の総会で、経営者たちがプーチン演説を真剣に聞き入る様子はなく、白けた雰囲気が漂っていた。

(服部倫卓、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授)


週刊エコノミスト2023年6月20日号掲載

ロシア経済 エネルギー高騰追い風も 中長期的には成長鈍化へ=服部倫卓

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