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中国BYDのEV「シーガル」150万円の衝撃 湯進
BYDが発売したコンパクトEV「シーガル」の価格は150万円程度。航続距離も長く、日本勢に大きな衝撃を与えそうだ。
シーガルは10日で3万台受注 65万円の「宏光MINI EV」は急失速
中国の電気自動車(EV)大手、比亜迪(BYD)が4月26日にハッチバックタイプの小型コンパクトEV「海鴎(Seagull:シーガル)」を中国市場に投入し、話題を集めている。発売からわずか10日間で3万台超の受注を獲得した。
その一方で、中国で「国民の足」と呼ばれた65万円程度の超小型EV、上汽通用五菱汽車(上海汽車、米ゼネラル・モーターズ〈GM〉が出資)「宏光MINI EV」の販売台数は2023年4月に前年同期比27%減と急失速している。背景には競合他社が相次ぎ超小型EVを投入しているほか、価格だけではなく、より充実した装備や機能などを求める消費者が増えていることがある。
シーガルはこの宏光MINI EVから小型EV市場の覇権を奪おうとする勢いだ。さらに、同車が米テスラやBYD「王朝シリーズ」を含む人気モデルをしのぐEV市場のトップになれるかは、今や業界の最もホットな話題でもある。BYDの小型EVへの本格参入で、中国の小型車市場の電動化シフトは一層加速すると予測される。
若い女性層を標的に
中国においては20年以降、電気スクーターや低速EV(鉛蓄電池を搭載する時速70キロメートル以下の三輪・四輪車)に置き換わる形で、大都市の郊外・中小都市・農村部では、「代歩車」(歩く代わりに乗る車)と呼ばれる超小型EVが通勤、買い物や子供の送迎などの用途として、若者や主婦など幅広い支持を得ている。上汽通用が20年7月に投入した宏光MINI EVは、最高時速100キロメートルの4人乗りで、安全装備を切り詰め、エアコンもオプションだ。しかし、低グレードモデルで3.28万元の破壊的価格により、一般車両には手が届かず、安価・簡易な乗り物を求める消費者にとって、新たな選択肢となった。
中国民営自動車大手、吉利汽車は23年2月に価格3.9万元(約78万円)の超小型EV「パンダMINI」(航続距離200キロメートル)を発売し、宏光MINI EVと競合している。パンダをモチーフにした同モデルはスマートフォンと連携して鍵の開け閉めやエアコンの操作ができるシステムを搭載し、スマホ世代や女性消費者をターゲットとしている。販売台数は23年4月に中国超小型EV市場で宏光MINI EVに次ぐ第2位となっている。
また、長城汽車「ORA」ブランドの新型EV「バレエキャット」、奇瑞汽車「QQアイスクリーム」、「宏光MINI EV」ブランドの「Macaron」など、いずれも若い女性を引きつける小型EVとして挙げられる。
中国における女性ドライバー数は22年に1億7000万人に達した(15年の約2倍)。ドライバー総数に占める女性の割合も15年の26%から22年の35%へと上昇している。特に女性のEVオーナーが急増するなか、各社はマーケティングに注力する一方、若年層の女性を主力ターゲットに据えたキュートでおしゃれな小型モデルの投入も増やしている。
しかし、5万元(約100万円)前後の超小型EVは「移動の足」として、地方都市や農村で価格破壊を起こした一方、競合車種の増加により市場も飽和状態になっている。宏光MINI EVの苦戦を実感した上汽通用は23年3月、価格5.98万~8.38万元の小型EV「繽果(Bingo)」(航続距離203~333キロメートル)を投入し、同社第2のヒットモデルを目指している。
一方、安全装備のない格安バージョンの限界に気付いたBYDは、エアバッグを標準装備し、価格・走行体験・安全性のバランスの取れているシーガルを投入した。BYDの「eプラットフォーム3.0」をベースとする同モデルは全長3780ミリメートル、幅1715ミリメートル、高さ1540ミリメートル、ホイールベースは2500ミリメートルとなり、縦横に回転できる大型ディスプレー、四つのエアバッグ、走行安定補助システム(ESP)、電動パーキングブレーキ(EPB)、自動駐車システムを備えている。またBYDのコネクテッドシステム「DiLink」を搭載し、車内でスマートフォンと同様のインターネット体験ができる。さらに自社開発したリン酸鉄リチウムイオン電池「ブレードバッテリー」の2仕様(30.08キロワット時と38.88キロワット時)を搭載し、航続距離は305~405キロメートルを実現する。急速充電機能も標準装備し、バッテリー容量の30%から80%まで充電時間は30分だという。
シーガルの販売価格は7.38万元(約147万円)、宏光MINI EVの約2倍となっている。一見割高と感じられるが、装備および同じグレード車両と比較すれば、決して高いとはいえない。宏光MINI EVがサイズと出力が小さいAセグメントの超小型EVであるのに対し、シーガルはホンダフィットと同じくBセグメントのコンパクトカーと分類されている。
上位と遜色ない航続距離
特筆すべきなのは、シーガルが同社「海洋シリーズ」で最も安いモデル「海豚(ドルフィン、Dolphin)」(11.68万元)と比べ約3割安いことだ。21年末に発売したコンパクトEVドルフィンは、コストパフォーマンスにおいて23年4月の中国セダン市場でガソリン車ロングセラーの東風日産「シルフィ」を超え、第2位に躍進した。トヨタ「ヤリス」「ヴィッツ」、ホンダ「フィット」の日系モデルが小型ガソリン車市場で競争力を維持しているものの、23年1~4月の3モデル販売台数合計はドルフィンの半分強にとどまっている(表)。
一方、ドルフィンより全長が約500ミリメートル短いシーガルは、ドルフィンに遜色ない航続距離および装備を備えている。こうしたコストパフォーマンスを勘案すれば、シーガルが小型EV市場で競争力を構築しやすく、ガソリンモデルに対する破壊力も大きい。23年の中国小型車市場で勢力図の変化が生じ、シーガルは新王者になるかもしれない。
23年5月時点、中国の乗用車市場の電動化率では、超小型車が99%に達したのに対し、コンパクカーが50%にとどまっている(図)。既に中国電動化の波は超小型・廉価車市場から小型・中間価格帯市場に波及しつつある。BYDは中・大型高級EVから中間価格のPHV(プラグインハイブリッド車)まで、セダン、SUV(スポーツタイプ多目的車)、MPV(多目的乗用車)など多様な需要に対応するNEV(PHVやEVなどの新エネルギー車)モデルでフルラインアップを投入しており、ようやく低価格車市場でEVの浸透を開始した。23年に日本で販売するドルフィンに加え、今後、シーガルが日本に上陸すれば、BYDは日本のEV市場で存在感を高める一方、日本の電動化シフトも加速させるだろう。
(湯進・みずほ銀行ビジネスソリューション部主任研究員)
週刊エコノミスト2023年6月20日号掲載
電気自動車 「カモメ」の衝撃 BYDが150万円の小型EV 日本上陸なら電動化加速の公算=湯進