教養・歴史書評

今の視点で見てはならない ヨーロッパ中世の“常識”を覆す入門書 本村凌二

 
 

 ギリシャやローマのような古代史を学ぶ者でも、少し専門家になると、中世史はとても気になる題材である。最大の理由は、古代人が書いた文献はそのまま残っていることはまずなく、中世の修道院などで何回か書き写されたものが今日に伝わっているからだ。前4世紀のプラトンの作品を伝える最古の写本は、9世紀のものにすぎない。この写本作業は、ショーン・コネリー主演の映画「薔薇の名前」に鮮明な場面がある。

 ジョン・H・アーノルド『中世史とは何か』(図師宣忠、赤江雄一訳、岩波書店、3080円)は、「暗黒の中世」なる物語が近代人の創り出したフィクションであることを分かりやすく説明する入門系の啓蒙(けいもう)書。

 中世といえば、迷信深く、魔女や悪霊や呪いにあふれていて、それらに対する異端審問の抑圧があったとは「常識」のごときものである。ところが、魔術が出てくるのは、貧しい寡婦が暮らす村はずれの掘っ立て小屋にではなく、学識あるラテン語の書物のなかなのである。たしかに、民間の治療者や占い師たちが田舎の教区で見られたにしても、魔術は聖職者の学識のなかにあり、古典文化にさかのぼる自然の諸力をめぐる観念であり、伝統でもあった。つまり悪魔を制する力は不可欠であり、学識者たちには魔術と科学は密接に結びついていたのだ。

 儀礼について知っておかなければ、中世社会は理解しがたいという。王の宮廷では、座席、位置、贈り物の交換、頭の傾け方、手の回し方などの儀礼的な動きが全体の合意を生み出していた。中世の政治や社会がキスや抱擁、平伏、涙、その他の儀礼的言語の諸要素によって機能していたことは想像を絶するほどなのだ。

「ネイション」や「国家」についても、中世自体の状況において考えることが大切なのだ。たとえば、近代における「国民国家」を中世にさかのぼり、そこに後世の発展を予示する未発達なものがあったと理解すべきではないという。中世の政治…

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