経済・企業

ドル建て債券の“逆ざや”が銀行を襲う 損切りもできない悪循環に(編集部)

 新型コロナウイルス禍がようやく収束に向かい、経済活動に明るさが見え始めた矢先。銀行業界を大きなショックが襲っている。外国債券を中心とした保有債券に多額の含み損が生じているのだ。

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「有価証券運用について、もう少し、うまくやる余地はあったと思うのですが……」。地銀などに資産運用を助言する和キャピタル(東京都)の伊藤彰一専務取締役は首をかしげる。

「外債ショック」。こうした表現が当てはまるほど、2023年3月期の銀行決算では、保有する外債の価格が下落し、含み損を抱えたり、損失処理をする内容が目立った。各社の決算資料(単体)を分析すると、外国証券を含む「その他の証券」(株式や国債、社債などの債券以外)の項目では、3メガバンクでは三菱UFJ銀行が8569億円、みずほ銀行が6676億円、三井住友銀行が3961億円の含み損を抱えていた。

 また、地銀では、山陰合同銀行(島根県)808億円▽横浜銀行(神奈川県)671億円▽第四北越銀行(新潟県)551億円▽南都銀行(奈良県)450億円▽肥後銀行(熊本県)395億円──の順で含み損が大きかった。

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 背景には、23年3月期に米国など海外で進んだ急激な金利上昇の影響がある。金利が上昇すると債券価格は下落するため、外債を保有していた銀行は含み損を抱えることになる。多くの金融機関は、これまでの資産運用で米国債について、比較的安定した資産として保有額を増やしてきていたが、収益源を金利上昇が直撃した。

 なぜ、国内の銀行はそれほど外債を持っていたのか。要因の一つには、本業の顧客向けサービスで利益が上げられなくなっている現状がある。顧客への貸し出しは、日銀の低金利政策や銀行同士の金利引き下げ競争で利回り低下が続く。そこで、各銀行は収益向上を求めて有価証券運用に注力してきた。地銀の有価証券保有残高は、00年代前半のは50兆円台からじわじわと増加し、14年度には100兆円近くまで膨らんだ(図)。

マイナス金利で投資加速

 有価証券運用の内訳も徐々に変化した。銀行経営に詳しい杉山敏啓・江戸川大学教授は「外債の比率は日銀の黒田東彦・前総裁の下で始まった異次元緩和や、マイナス金利政策開始でさらに増えた」と指摘する。地銀が保有する有価証券残高のうち、外債を含む「その他の証券」の割合は、11年度には00年度以降で最少の11%だったが、徐々に増え、足元の23年3月期では全体の約3分の1近い32%まで膨張していた。

 日本国債の利回りが低下する中、少しでも高いリターンを求めて、外債などのリスク証券に活路を求めていった結果だった。しかし、外債投資は、日本国債をはじめとする円建て債券のように、含み損を抱えていても満期まで保有すれば額面で償還される(全額が払い戻される)ような単純な性質の投資ではない。米国債に投資するなら、米ドルを市場から調達する必要があることが話をさらに複雑にする。

 保有する円貨を米ドルに両替して米国債に投資するのでは、為替の変動リスクをもろに受けてしまう。そこで、特に地銀では為替の変動リスクを避けるため、同額を米ドル建ての負債という形で保有する「スクエア・ポジション」を取るのが一般的だ。その米ドル建て負債は通常、期間の短い低めの金利で調達し、満期までの期間が長く金利が高めの米国債に投資することで、その利ざやが得られる仕組みだった。

 だが、こうした形で投資していた銀行にとって誤算となったのは、22年初からの急激な米短期金利の上昇だった。米連邦準備制度理事会(FRB)がインフレ抑制のために一気に利上げしたことで、短期金利が10年債金利(長期金利)を上回るような状態となった。すでに購入した米国債の運用利回りは一定だが、米ドル建て負債の調達利回りがそれ以上に急上昇したことで、運用するだけ損失が発生する「逆ざや」に陥ったのだ。

 各行の23年3月期決算では「これ以上、損失が膨らむのであれば、早めに損切りをした方がまし」と考えた銀行による外債の損切りが相次ぐことになった。しかし、損切りができる銀行はまだましなのかもしれない。経営体力が弱く、損切りによる多額の損失計上もできない銀行は、逆ざやによる損失がさらに体力を奪う悪循環に陥っていく。

ぜい弱すぎる運用体制

 一方で、日銀総裁が黒田氏から植田和男氏に代わった後も、銀行収益の源泉となる国内の金利はなかなか上昇する気配を見せない。日銀が昨年12月、政策目標として誘導する10年物国債金利(長期金利)の変動幅の上限を従来の「0.25%程度」から「0.5%程度」に引き上げた際には、市場は今後も金利上昇が続くと予想し、銀行株の急騰につながった。

 しかし、今年4月に就任した植田氏は大規模な金融緩和について「継続する」と明言し続け、関係者の期待をしぼませた。それでなくとも、大半の銀行が上場する東京証券取引所は、PBR(株価純資産倍率)で1倍割れの企業に対して経営の改善を求めており、PBR1倍割れが大半の銀行にとって風当たりは強まる一方。ある証券アナリストは「銀行収益の鍵を握る金利上昇がなければ、PBR1倍の実現も難しい」とも指摘する。

 期待された国内の金利上昇もすぐには見込めない以上、今後の銀行にとって有価証券運用の巧拙が大きなカギを握る。運用人員が数百人に上るメガバンクに対し、小規模な地銀では10人にも満たない担当者で運用するところもある。和キャピタルの伊藤氏は「有価証券運用に携わる人員が少ない地銀は、特に運用力を磨く必要がある」と指摘する。

 伊藤氏は一部の地銀について、長期保有を行うことを前提とした投資手法(バイ&ホールド運用)が染みついていることに警鐘を鳴らす。金利が動く局面では、機動的な対応が求められるためだ。すでに運用に関わる人員を減らしてきているような小規模な地銀にとっては、態勢の立て直しも容易ではない。ある投資ファンド幹部は「運用を外部に委ねることも選択肢になる」と指摘する。

 銀行が外債運用で体力をすり減らせば、地域に資金を融通する余力もなくなり、コロナ禍から明けた地域経済の回復に水を差しかねない。逆風の中でいかに態勢を立て直すのか、銀行経営はこれから大きな正念場を迎える。

(安藤大介・編集部)


週刊エコノミスト2023年6月27日・7月4日合併号掲載

逆風の銀行 損切りできるならまだマシ ドル調達「逆ざや」の恐怖=安藤大介

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