国家債務は近代の成長に不可欠 世界史の成功事例で証明 評者・原田泰
『国家の債務を擁護する 公的債務の世界史』
著者 バリー・アイケングリーン(カリフォルニア大学バークレー校教授) アスマー・エル=ガナイニー(国際通貨基金局次長) ルイ・エステベス(ジュネーブ国際開発研究大学院教授) クリス・ジェイムズ・ミッチェナー(サンタ・クララ大学教授) 監訳者 岡崎哲二/訳者 月谷真紀
日経BP 3850円
日本では、国家の債務はともかく良くないという論調が主流だが、本書は、債務を擁護する。なぜかといえば、緊急時にも、必要な生産インフラに投資をするためにも借り入れは必要で、それをしないのは職務怠慢でもあるからだという。緊急時とは、軍事的脅威、金融危機、自然災害、パンデミックなどである。もちろん、債務は、使い方を誤れば害になる。金利が上がって、生産的な投資が締め出され、政府の返済の意思と能力が疑われ、金利上昇から債券価格が暴落し、銀行危機にもなりうる。
であれば、歴史が重要な教訓を与えてくれる。本書の事例は多彩で興味深い。日本に関連する部分に重点を置いて紹介したい。
国家の債務は、ヨーロッパだけでなく、南北アメリカ、オスマントルコ、中国と全世界に広がっていく。日本も登場する。明治の日本が短期間に、信頼される債務国となる成功の歴史が簡潔に説明される。
ヨーロッパでは、財政緊縮しても経済は打撃を受けないという議論が流行した(日本でもそうだ)。しかし、あり得ない議論である。ギリシャは、財政赤字を隠してユーロ圏に加入したが、それが露呈されると、過大な財政引き締めを要求された。その結果、実質GDP(国内総生産)は28%低下し、失業率は28%に上昇した。1930年代の大恐慌以上の大不況は、左右の政治的過激派の跳梁(ちょうりょう)を招き、大恐慌時と同じく民主主義の危機をもたらした。
本書は、結論として、国家債務は近代成長に不可欠だったという。信用を得ようとする君主は、元利返済に必要な税を承認する議会を創設し、債権者たちは、国債を売買するための流通市場を確立した。これは金融市場を発展させた。国債金利はさまざまなリスクのある債務の金利の基本となった。国家債務は、政治発展にも経済発展にも寄与した。
二つの世界大戦の後には、福祉制度が発展した。ここで国家債務を抑えることが困難になったが、日本はその典型といえるだろう。ただし、現在の日本の状況で、財政黒字化と借り入れ削減に転換すれば、総需要を抑制してむしろ債務のGDP比を押し上げると本書は指摘している。
政府は債券を発行でき、必要な時はそれを使うことができる。新型コロナに対してもそうだ。国家が債務を拡大しなければコロナ危機の人々の生活に与える影響ははるかに深刻になっただろう。
永続する国家は、借り入れによる資金調達を使いこなす能力と借り入れる力を保持することが必要という。
(原田泰・名古屋商科大学ビジネススクール教授)
Barry Eichengreen 主な著書に『とてつもない特権』などがある。
Asmaa El-Ganainy 先進国、新興国、低所得国等の研究経験を持つ。
Rui Esteves 公共の金融分野にまたがる通貨・金融史を専門とする。
Kris James Mitchener 金融危機、経済成長、為替相場制などを研究。
週刊エコノミスト2023年7月11日号掲載
『国家の債務を擁護する 公的債務の世界史』 評者・原田泰