就職氷河期世代の孤立した女性 内面の変化と回復途上を追う意欲作 寺脇研
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映画 658km、陽子の旅
カーテンを閉め切り昼でも暗い部屋で、女が一人パソコン画面に向かっている。様子を凝視していくと、どうやらカスタマーズセンター業務をオンラインで行っているらしい。食事はカップ麺、買物は通販品、娯楽は寝床で見るネット映像……ほとんどひきこもり生活だ。
ある朝、アパートの戸をドンドン叩(たた)く音で起こされる。親族の男が、彼女の父親の急逝を報(しら)せに来たのだった。折悪しく女のスマホが故障していたために連絡が取れなかった故の訪問とはいえ、日頃から親戚づきあいも疎遠だったふうである。
だが、実父の突然の訃報なのに反応が鈍いのは何故?
その謎が徐々に解明されていく。来訪者は従兄で、葬儀の場である青森の田舎への同行を誘う。のろのろと支度し、幼い子たちが騒ぐ従兄一家とのドライブ中も所在なさげだ。父親とも実家とも縁切り同然であったとおぼしい。昨今の日本では珍しくない、誰とも絆を持とうとせず孤立して生きる人間なのだ。
立ち寄った茨城県のサービスエリアで、従兄の息子がけがをするアクシデントの間に女は独りはぐれてしまう。荷物は車の中に置いてあり、所持金は2432円。青森へ向かうヒッチハイクの「陽子の旅」が始まる。葬儀参列を諦めず、翌日の出棺までにはたどり着こうとするのだから、まるっきり拒絶しているわけでもなさそうではある。
とはいえ、人づきあいの途絶していた彼女にとって、旅は容易でない。会話もたどたどしくては同乗させてくれる者もまれなのは当然だ。電話はさらに苦手で、公衆電話…
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週刊エコノミスト
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