経済・企業

EVに前のめりな現代自 尹政権も半導体・EV・電池に51.5兆円 野辺継男

現代自動車のEV、アイオニック6。欧州では、初回割り当て2500台の先行販売が1日足らずで完売した(インドの自動車ショー) Bloomberg
現代自動車のEV、アイオニック6。欧州では、初回割り当て2500台の先行販売が1日足らずで完売した(インドの自動車ショー) Bloomberg

 現代自動車のEV世界展開は、韓国が国ぐるみで進める次世代産業政策と密接に連携している。

現代自のEV国際展開と一体

 昨年、現代自動車グループの自動車生産台数は685万台で、トヨタ自動車、独フォルクスワーゲン(VW)に次ぎ世界3位となった。このうち電気自動車(EV)を52万台生産し、中国のBYD、米テスラ、VW、中国の上汽通用五菱汽車、同浙江吉利に次ぐ第6位(図1)となり、2030年にはEVでも世界第3位になることを目指している。

 韓国の国内EV市場自体が拡大している点も看過できない。昨年韓国のEV新規登録台数は12万4000台で、自動車総販売台数の8.9%となった。これは日本の1.7%の5倍以上であり、韓国でのEV市場の拡大は、国際競争力の大きな源泉となり得る。

 今年4月11日、韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領の出席のもと、現代自はEVを製造する起亜華城工場の起工式を行った。同グループが韓国国内に新工場を設置するのは、実に29年ぶり。そこで同社は今後のEVへのシフトに180億ドル(約2兆5000億円)を支出し、30年までに現代自と同社の高級ブランド「ジェネシス」で17車種、起亜ブランドで14車種のEVを導入し、EV生産を世界全体で年間364万台、韓国での生産を同151万台に引き上げると発表した。

 韓国大統領府は、金融支援や自動車部品の研究開発への投資など、韓国のEV産業に対する支援策も発表し、韓国が世界のEV生産の「アジアのハブ」となることを望んでいると述べている。

ポルシェのタイカンGTSより加速が速い起亜のEV6GT

 現代自のEVプラットフォーム「E-GMP」は、テストとレビューの結果、長距離走行、急速充電、外部電源供給(V2L)機能を備え、既に現代自のアイオニック5や6、ジェネシスGV60、起亜のEV6などの車種に採用されている。早ければ25年に市場投入される更に強力な次世代プラットフォーム「eM」も準備している。

 昨年末に欧州、今年3月米国で販売開始されたアイオニック6は、現在売れ筋の同5と同じくE-GMPをベースに、0.21という空気抵抗係数を実現(テスラのモデルSプレイドが0.21、メルセデス・ベンツEQSが0.20)し、77.4キロワット時のバッテリーで航続距離614キロメートルという世界最高レベルのエネルギー効率を実現した。

 EVにとって加速性能は大きな魅力だが、E-GMPベースでデュアルモーター、全輪駆動レイアウトを持つ起亜EV6GTは、時速0マイルから60マイルまで3.4秒で加速する。

 これは世界最速レベルのポルシェのタイカンGTSの3.5秒よりも早く、価格は半分以下だ。

 最近のEVではソフトウエアで定義される車両技術(SDV=ソフトウエア・デファインド・ビークル)の採用が国際的に競争になっている。現代自も明確なSDV戦略を提示しており、最新の安全性、利便性、接続性、走行性能、更に自律走行機能などをソフトウエアによるアップデートで実現する機能を強化する。5月4日、起亜は今年市場投入されるフラッグシップ大型SUV「EV9」に採用すると発表し、これを皮切りに、現代自は順次、BEV(バッテリーEV)のSDV化を加速させる計画だ。

 こうした新車投入とは裏腹に、米国のEV減税が改定され、今年1月以降、米国での生産が税額控除の条件とされたことで、現代や起亜の韓国製輸入車は出鼻をくじかれた。現代自のアイオニック5は、22年通年7位から23年1~4月期には9位に転落。起亜EV6は、22年の8位から、トップ10以下に脱落した。

 しかし、今回の改定には税制上の抜け道があり、消費者が購入する場合、7500ドル(約105万円)の税額控除を受けられないEVでも、リース購入とすれば税制上商用車として分類され、すべてのEV車種が税額控除の対象となる。

 結果的に、現代自の米国EV販売は今年第1四半期、リースとレンタカーが22年の5%から28%に増加した。また、25年に予定されている米国内工場の稼働開始も前倒ししており、その後、通常購入も控除対象となり、米国での販売拡大が見込まれる。

蓄電池と半導体に投資

 EVの性能を左右する電池や半導体でも国と一体となった開発が進んでいる。

 22年の世界のバッテリー生産は、金属精製からセルの製造まで中国系が7割以上を占めている。中国系のシェアは中国市場の成長とともにさらに拡大を続け、韓国のシェアは近年下がる傾向がある。しかし、米国のインフレ抑制法は、自動車購入で最大7500ドルの補助金を受けられるよう、実質的に中国以外のバッテリーサプライヤーを探すよう促しており、欧州企業もこれに追随している。その結果、韓国の電池メーカーへの注目が急拡大している。

 今年3月15日、尹大統領は「最近、半導体で始まった経済戦争は、バッテリーや未来の自動車といった先端産業にまで広がっている」とし、技術的な覇権を争う激しい世界競争を勝ち抜くために、政府と企業で、26年までに551兆ウォン(約60兆円)を注ぎ込むと発表した(図2)。内訳は最大で過半数のシステム半導体に340兆ウォン(約37兆円)、次世代自動車に95兆ウォン(約10.3兆円)、ディスプレーに62兆ウォン(約6.7兆円)、バッテリーに39兆ウォン(約4.2兆円)。

 バッテリーに関して韓国政府は、米国が打ち出したインフレ抑制法に対応し、北米に工場を建設する韓国バッテリーメーカーに今後5年間で7兆ウォン(約7600億円)の資金援助を提供する。

 政府のみならず、現代自は米ジョージア州に韓国のSKが建設するEV用電池工場に出資する予定で、25年後半から生産される。系列会社の現代モービスは、この工場で生産されるセルを使ってバッテリーパックを組み立て、アイオニック5、起亜EV6、ジェネシスGV60などのモデルを生産する現代グループの米国製造拠点に供給する予定だ。

 サムスンは、今後20年間で300兆ウォン(約32.7兆円)を投じて、ソウル近郊の龍仁の新しい半導体クラスターに五つのメモリーとファウンドリー工場を建設する計画で、国内外の150以上の半導体企業を誘致することを目指している。これらの動きは、自動運転などEVのSDV化に向け大きな援軍となる。

 もう一つの重要な動きとしては、韓国最大の鉄鋼メーカーであるポスコグループが、資源確保からリサイクルを含めバッテリー事業を拡大させている点だ。もともとポスコ発祥の地で現在も本社のある浦項で、EVバッテリーの産官学の連携や産業集積を進めている。さらに6月12日には現代が、サムスン、SK、LGを含む他の韓国の産業界のリーダーと協力してEVアライアンスを結成すると報じられた。国内産業の発展に大きな影響を持つ企業間の連携で、EV、ソフトウエアの開発、バッテリー産業の育成に向け、シナジー効果を発揮させようという戦略だ。

テスラCEOと会談

米テスラのイーロン・マスクCEOとも緊密な関係 Bloomberg
米テスラのイーロン・マスクCEOとも緊密な関係 Bloomberg

 こうした韓国の動きに米有力企業も注目している。サムスン電子の李在鎔(イジェヨン)会長は、5月10日シリコンバレーのサムスン半導体コンプレックスでテスラのイーロン・マスクCEOと会談した。将来のハイテク産業における協力強化の方法について議論し、次世代技術開発、特に自動運転車用チップに関する交流を継続することで合意したという。

 サムスンは最近、自動運転ビジネスを拡大するために、回路線幅4ナノメートルの製造プロセスを導入し、半導体を受託生造する、いわゆるファウンドリー分野における技術的リーダーシップを強化している。

 半導体分野で10ナノメートル以下の最先端製造プロセスは、EVの一部に搭載され始めており、今後はより多くのクルマに利用する方向で自動車企業と半導体企業の議論が進んでいる。

 こうした最先端半導体を受託製造できるのは、現在、台湾のTSMCとサムスンの2社であり、9割近いシェアを持つTSMCに対して、サムスンはシェア拡大を狙っている。ここで、両社CEOの会談には大きな意義があったのは、疑いの余地がない。

 昨年11月、尹大統領とマスク氏がビデオ会議を行い、その際、マスク氏が韓国を投資先として最有力視していると述べた、と尹大統領オフィスが伝えている。

 そして、今年4月26日、尹大統領は6日間の米国訪問中、ワシントンDCでマスク氏と会談し、テスラのギガファクトリー誘致を再び申し出て、「テスラが投資を決定した場合、立地、労働力、税金などの面で積極的に支援する」と伝えたとされる。

 世界経済が地政学的力学に大きな影響を受ける中、韓国では産官で同一歩調をとり、これまで以上に戦略的に産業クラスターを構築する動きを強化している。

 これらは1、2年後には成果を表し始める可能性がある。日本はより強い危機感が必要だ。

(野辺継男・名古屋大学客員教授)


週刊エコノミスト2023年7月18・25日合併号掲載

韓国EV 現代自のEV国際展開と一体 韓国の踏み込んだ電池・半導体戦略=野辺継男

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