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FRBが「FedNow」で決済ビジネス参入 手数料はクレジットの5分の1 岩田太郎

クレジットカード会社のライバルにも(FedNowのウェブサイト)
クレジットカード会社のライバルにも(FedNowのウェブサイト)

「民業圧迫」の声もある中、中央銀行自ら、個人向け小口決済ビジネスに乗り出した。

クレジット会社のライバルにも

 米連邦準備制度理事会(FRB)は、デジタル即時決済システム「FedNow(フェドナウ)」を7月下旬に立ち上げる。個人や企業による365日24時間の即時送金・決済が可能になる。米国金融のデジタル化をさらに進化させて「米ドルの国際的な役割を維持する」(パウエルFRB議長)との目的に加え、システムの基幹が民間ではなく公的機関によって提供される「政府によるフィンテック」という二重の意義がある。

数秒で送金

 FedNowは中央銀行デジタル通貨(CBDC)の「デジタルドル」発行を見据えて2019年に開発が始まり、試験運用を重ねて正式な展開に備えてきたものだ。現在は小切手が振り出されて現金化に1~2営業日、週末の場合は週明けまで時間がかかるものが、振出口座に送金額相当の現金があればいつでも数秒でお金にアクセスできるようになる。

 FRBによれば、22年の米国における支払い手段は現金が18%、クレジットカードが31%、デビットカードが29%、電子小切手が13%、その他が9%となっている。利便性が認知されれば、その多くがFedNowに移行する可能性がある。

 FedNowには当初JPモルガン・チェースやウェルズ・ファーゴなどの大手行や一部の米銀と信用組合が参加するほか、米小売り最大手のウォルマートや米生鮮スーパー最大手のクローガーなどがFedNowによる支払いを受け付ける。クレジットカードやデビットカードと比較して、公営のFedNowに対しては、店舗が支払う手数料が5分の1と安く、普及すればビザやマスターカードなど民間決済企業には手ごわい競合になりかねない。

ブラジルでは先行普及

 マスターカードのマイケル・ミーバック最高経営責任者(CEO)は4月27日のアナリスト向け決算報告カンファレンスでFedNowが同社の業績に与え得る影響について聞かれ、「我々にサービスの変革を迫るものであり、基本的に競争は歓迎する。特に消費者や店舗にどのような機能が提供され、どのように使われるのか展開の帰結に注視している」と回答している。

 米国に先立ち、中央銀行が主導して即時決済システムが運用される国のひとつがブラジルだ。20年11月に開始された「Pix(ピックス)」と呼ばれる即時決済では、ブラジル中央銀行がシステムを一元管理している。

 Pixでは、支払い側も受け取り側も銀行名・支店番号・口座番号などの情報を相手に教える必要がなく、暗号鍵(Pixキー)を伝えることで簡便に取引が成立する。Pixキーは、①割り当てられたID、②メールアドレス、③携帯電話番号から選ぶことができる。

 利用者のスマートフォンにインストールされたアプリを開き、数秒で送金や決済が完了する。個人間の少額の支払いにも対応している。さらに、Pixシステム上の現金を現金自動受払機(ATM)や小売店で引き出すことも可能だ。Pix導入により、従来は仲介業者が高額の送金・決済手数料を徴収していた部分が合理化され、より多くの金融弱者が包摂できるようになったという。

 365日24時間利用が可能なPixの決済件数は、現金決済のみであった店舗での導入が進んだこともあり、23年2月だけで25億件に上るようになった。

 こうした好調を受けて、中央銀行の中央銀行として知られる国際決済銀行(BIS)がラテンアメリカ近隣のチリやウルグアイ、コロンビア、エクアドルなどの中央銀行の即時決済システムを接続し、25年には国際送金にも対応する計画が進行中だ。

 BISの国際即時決済システムは、「つながり」や「連結」などを意味する英語のNexus(ネクサス)と呼ばれ、国外での買い物やホテル代の支払い、さらに国外の家族への仕送りなどが可能になる。今後、システム間連結の具体的な方法のほか、異なる通貨間の交換レート、キーの盗難・漏えい防止など細部が詰められていくことになろう。

 米国のFedNowは、こうしたブラジルのPixの成功を参考にしながら、普及の加速を目指すと見られる。また、すでにスマホ決済が普及し、キャッシュレス化が進展した中国におけるデジタル人民元(e-CNY)の普及が進まない中、FedNowが広く米国の消費者に受け入れられれば、国際決済システムの標準となる可能性もある。

デジタル通貨の足掛かり

 FedNowはあくまでもデジタル化された決済システムであり、通貨がデジタル化されたCBDCではない。しかし、FRBが将来、米ドルの基軸通貨としての地位を維持するために「デジタルドル」を発行することになれば、その決済の基盤にFedNowが用いられることは明白だ。

 FRBが米国民に手数料無料で提供するデジタルウォレット(デジタル化された銀行口座)であるFedAccountと三位一体となり、政府による金融サービスを構成するようになると米金融業界は見ている。

 一連の連邦政府による一般国民や企業に対する金融サービス提供案は、FRB副議長を務めたホワイトハウスのラエル・ブレイナード国家経済会議(NEC)委員長や、米上院銀行委員会のシェロッド・ブラウン委員長(民主党)が旗振り役となっている。

 一方、共和党の大統領選予選候補に名乗りを上げたフロリダ州のロン・デサンティス知事や民主党の大統領予選候補であるロバート・ケネディ・ジュニア氏などは、FedNowに反対しており、推進派と反対派のイデオロギー論争が激化している。

 議論の本質は、政府が国民の金融に直接関与することで生活を向上させるべきとする「大きな政府論」と、政府が国民の金融に直接関与することは民業を圧迫し、プライバシー保護の面からも好ましくないとする「小さな政府論」のせめぎ合いだ。

 FedNowは、FRBが表に出てこない官民パートナーシップの中で立ち上げられる。しかし、それを基礎としてFedAccountやデジタルドルを展開することは容易であり、FedNowがデジタルドル立ち上げに向けての「トロイの木馬」だとする警戒論が高まっているのだ。

 たとえば、推進派のイエレン財務長官は、「デジタルドルは銀行口座を持たない人々に、より速く、より安全で、より安価な決済手段をもたらす」と主張している。

 しかし、保守派シンクタンクのケイトー研究所は、「紙幣とは違い、デジタルドルはプライバシー保護もなく、政府が送金や決済を事後的に取り消せるため、現金取引で得られる最終性もない」「デジタルドルは政府が市民の金融活動のデータを監視するチャンスだ」と反論する。中央集権化されたシステムにより、市民の資産凍結や没収、特定の商品やサービス購入の阻止も容易になるという。

「米ドルの国際的な役割を維持」(FRBのパウエル議長) Bloomberg
「米ドルの国際的な役割を維持」(FRBのパウエル議長) Bloomberg

民間金融の弱体化の懸念

 また、連邦政府による金融サービス提供が、将来的に民業圧迫につながると警戒する論調も強い。米業界誌『アメリカン・バンカー』は、「FedAccountの金利が民間銀行よりも有利なものとなれば、人々は銀行口座から官の口座にお金を移す」「デジタルドルが直接、人々の財布に収まれば、バイパスされた銀行は資本を蓄積できなくなり、融資能力が損なわれる」などの金融業界関係者の見方を紹介した。

 共和党に近い弁護士であるディナ・ロックカインド氏は、「デジタルドルは、既存の金融機関と共存して運営されるべきだ。米国人はFRBに『みんなの銀行』になってもらいたいとは考えておらず、実際にFRBにその能力はない。だから、何らかの形での新しい官民パートナーシップが必要なのだ」とする。

 このようにFRBがリテールバンキング分野に進出する構想が議論される中、1911年から67年まで55年間存在した郵便貯金を復活させる案も議論されている。米郵政公社職員労働組合(APWU)のマーク・ダイモンドスタイン委員長は、手数料無料で連邦政府から提供されるFedAccountとして郵便貯金を使うことを提言している。

 郵貯復活の際には、口座間の送金にFedNowが中心的な役割を果たすと見られる。郵貯をデジタル金融のフィンテックとして再登場させるところに、この提言の真の新味がある。

 だが、米国銀行協会(ABA)のロブ・ニコルズ会長は、「公営金融サービスの設立・運営には高いコストがかかり、過去には破綻して公金注入が必要になった例があまたある」と述べ、反対論を展開する。

 公営金融の入り口になると批判されるFedNowだが、すでにサービスは立ち上げられた。ブラジルのPixのように成功して、CBDC普及への道を開くのか、注目される。

(岩田太郎・在米ジャーナリスト)


週刊エコノミスト2023年7月18・25日合併号掲載

FedNow FRBが小口決済ビジネス クレジット会社のライバルにも=岩田太郎

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