教養・歴史書評

ITやAIを支えるゴーストワークの実態に切り込み問題提起 評者・後藤康雄

『ゴースト・ワーク グローバルな新下層階級をシリコンバレーが生み出すのをどう食い止めるか』

著者 メアリー・L・グレイ(文化人類学者) シッダールタ・スリ(コンピューター社会学者) 訳者 柴田裕之、監修・解説 成田悠輔

晶文社 2420円

 小規模な会場などで行われる単発のライブ、「ギグ」に足を運んだことがある音楽好きの読者もいると思うが、単発で仕事を受ける「ギグワーク」という働き方が、特に新型コロナウイルス禍以降増えている。本書のテーマは、ユーザーから見えないところでネットサービスやAI(人工知能)を支える、一つひとつは細切れだが、総体では膨大な労働である。

 本書の主な内容の一つは、現代社会に不可欠なネットサービスに関して我々が十分認識していない現実である。情報検索、モノやサービスの売買・仲介等々、ネット経由のサービスは、ややもすると電子機器やプログラムのみが仕事をしているようにも感じられる。しかし実際は、不適切な情報をはじいたり、円滑なサービスを支える支援が人の手でなされている。著者らはこうした労働を「ゴーストワーク」と呼び、コンピューター社会学者のネット産業に関する知識と、文化人類学者のフィールドワークに基づき、実態に切り込む。

 あなたが最近何かの仲介サービスを使ったとする。そこでもあなたの知らないうちに誰かが、機械で処理し切れない判断を下した可能性がある。例えば、他者になりすました登録者を、最新データ(本人確認写真など)に不自然さを見いだした“ゴーストワーカー”がマッチング直前にブロックしたかもしれない。

 グローバル化のもと、ゴーストワークは地域や国境に縛られない。それは柔軟で効率的な就業機会であるとともに、働き手が特定組織に属さず独立した立場に身を置くことを意味する。本書のもう一つの内容は、こうした性格を持つゴーストワークがもたらす未来像である。

 AIによる雇用喪失が懸念されているが、著者たちの展望は異なる。IT(情報技術)やAIが進歩するほど、付随して人が裁かなくてはならない細々したゴーストワークが増えるとみる。「ラスト・ワンマイル」と彼らが呼ぶこうしたプロセスは、既存の雇用法制で守られない大量のフリーランスを生む。それはおそらく、格差問題という古くて新しい難題に直結する。

 チャップリンの映画「モダン・タイムス」は、労働者が単純作業の歯車に組み込まれる大量生産体制を風刺した。今後労働者は新たな歯車になっていくのか。著者らは、ゴーストワーカーたちが情報交換等を通じて緩やかに結びつく現状などを踏まえ、いくつか解決の方向を指し示す。IT、AI分野で後れを取る日本が働き方改革を進める今、真剣に考えるべき問題提起である。

(後藤康雄・成城大学教授)


 Mary L.Gray マイクロソフトリサーチの上級主任研究員。現在、インディアナ大学の人類学とジェンダー研究部門に所属。

 Siddharth Suri マイクロソフトリサーチの上級主任研究員。クラウドソーシング、行動経済学、コンピューターサイエンスなどを研究。


週刊エコノミスト2023年8月1日号掲載

書評 『ゴースト・ワーク グローバルな新下層階級をシリコンバレーが生み出すのをどう食い止めるか』 評者・後藤康雄

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